ある女の子のお話です。

 

 

女の子は4歳の春から幼稚園に行くことになりました。

 

 

新しい制服や帽子やカバンに身を包み

 

お友達と一緒に幼稚園に通うのがとても嬉しくて

 

 

桜の花びらが舞う中

 

瞳をきらきらさせて幼稚園生になりました。

 

 

朝は、お母さんに幼稚園バスの乗り場まで


見送ってもらうと

 

元気にバイバイと手を振って幼稚園に向かいます。

 

 

 

幼稚園に入るまでは

 

お家でお母さんと、小さな弟とずっと一緒に過ごしていましたが

 

 

女の子が幼稚園に入ったときに

 

女の子のお母さんは仕事に行くようになり、

 

小さな弟は保育所に預けられました。

 


 

お父さんの仕事がうまくいかないため

 

お母さんが働いて家計を助けなければならなくなったのです。

 

 

もちろん、女の子はまだ幼くて

 

そんな事情は知りませんでした。

 

 

幼稚園では、新しいお友達もできて

 

いっぱい遊んで楽しく過ごせていましたし

 

幼稚園の優しい先生達に会えるのがいつも

楽しみでした。

 

 

幼稚園の帰りの時間は、朝と同じ幼稚園バスに乗り込んで

 

朝のバス乗り場でお友達と一緒に降りるのですが

 

帰りはお母さんは仕事のためいません。

 

 

いつも、お友達のお母さんが迎えに来てくれているので

 

お友達のお家に行って、夜までお母さんのお迎えを待ちます。

 

 

日が暮れるまではお友達と公園に行ったり、

 

おままごとをしたり、テレビを観たりして元気いっぱいで過ごしていますが

 

 

夕方になると、女の子は無性に寂しくなってきて

 

一人ベランダに出て泣き出してしまいます。

 

 

空がオレンジ色の夕焼けに染まれば染まるほど

 

寂しくて寂しくて

 

あとからあとから涙がこぼれてきてしまいます。

 

 

さっきまで何ともなかったのに

 

何でこんなにお母さんに会いたくなるんだろう…

 

 

お母さんの顔を思い出すと

 

二度と会えないくらいの悲しみが襲ってきて

 

悲しくて悲しくて

 

日が暮れるまで声を殺して泣いてしまうのです。

 

 

でも、お友達やお友達のお母さんに


泣いているのを悟られないようにするために

 

涙が止まるまでベランダから動けませんでした。

 

 

 

お友達のお母さんが部屋の中から

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

と声をかけてくれるので、

 

 

女の子は、お友達のお母さんに心配をかけてはいけないと思って

 

とっさに

 

「うん!大丈夫だよ!」

 

と、元気なふりをして返事をします。

 

 

でも、涙が溢れてくる顔では振り向くことが出来ません。

 

 

きっとお友達のお母さんもわかっていたのでしょう。

 

 

そうやって毎日、女の子は夕方になると


ベランダで一人、ひとしきり声を出さずに泣いて

 

 

日が暮れて泣き止むことができて

 

やっと自分で部屋に入れるまで

 

 

お友達のお母さんは声をかけてくれた後は

 

そっとしておいてくれました。

 

 

そして夜になって女の子のお母さんが迎えにきてくれると

 

今日も1日元気で楽しく過ごしていたのね、って

 

思ってもらえるように



女の子は満面の笑顔で、お帰り!と


お母さんの側に駆け寄ります。

 

 

その笑顔は

 

お母さんの顔を見て心がホッとしたからでもあるけど

 

お母さんが仕事を頑張っているのだから

 

寂しがっている姿を見せてはいけないと思う

 

まだ4歳や5歳の小さな女の子の


心からの願いなのです。

 

 

 

母や小さな弟を思い

 

自分が絶えなきゃ、頑張らなくちゃ、


とけなげに思うのです。

 

 

 

毎日、夕焼けの空を見て涙が溢れてきて

 

寂しさに押しつぶされそうになっても

 

 

どこまでも純粋な愛が

 

女の子を奮い立たせ、お母さんの役に立ちたいと思うのです。

 

 

そして夜の帰り道、


お母さんと手をつないで

 

保育所にいる小さな弟を迎えに行く道中は

 

女の子にとって、お母さんと二人だけの束の間の楽しい時間

 

 

夜空に輝くお星さまをお母さんと一緒に見て

 

胸を弾ませながら


今日の出来事を聞いてもらい帰るのが日課でした。

 


それは、ささやかだけど


女の子の小さな幸せのひととき





 

。。。それからずいぶん月日が過ぎて


もう何年くらい経ったのでしょうか




女の子は大人になって


お父さんもお母さんももうこの世にはいません。




大人になった女の子は今でも


オレンジ色の夕焼け空を見るたびに

 

幼いころを思い出して切ない気持ちになります

 

 


けれど、あの頃



いつも夕日が


泣いている自分の心を慰めてくれていたような気がして


夕焼けの空を優しく感じるから


見るのは嫌いではありません。

 

 

 

そして、今でも夜空の輝く星や月を見上げると

 

お母さんと手をつないで帰る二人だけのキラキラした時間を思い出して

 

心があったかくなります。

 

 


 

寂しかった記憶も

 


心温まる記憶も

 


大人になった女の子にとっては


虹の雫のように


なないろに光輝く大切な宝物。




その思い出の一粒一粒を思い出すたびに


大人になった女の子の心には


きっととめどなく愛が溢れてくるでしょう。