$雑食食堂

★★★

スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンの処女作にして遺作となった大ベストセラー小説の映画化。原作は、著者の死後、世界中で2100万部を売り上げたミステリー巨編。主演は新星ノオミ・ラパス。40年前、スウェーデンの資産家の邸宅から忽然と姿を消した少女がいた。少女の親族から捜索依頼を受けたジャーナリストのミカエルは、背中にドラゴンのタトゥーを入れた天才ハッカー・リスベットの協力のもと、事件解明に挑む。(http://eiga.com/movie/54920/より)

上記の映画.comでは2100万部を売り上げたとあるが、日本で文庫化もされハリウッドでの制作も決定した原作は今や6500万部を超える大ベストセラー本だ。
ハリーポッターのような老若男女受けする内容の小説では無いのに(と言いつつハリーも後半は随分血なまぐさい展開が続くと聞いているが)ここまでの売り上げを誇っているのは何故か。それはジャーナリストでもあった原作者が指摘する「スウェーデンの暗部」とも言える不条理を、シリーズを重ねて行く毎にぶっ壊していく主人公、リスベットの鋼の精神に多くの読者が魅力を感じたからだろう。

彼女は愚かな男たちが振るう暴力(それにはレイプも含まれる)や国家権力の圧力にも決して屈することなく、いかにして現状を打破するかを考え抜き、他人任せにすることなく自分でやるべき事や善悪を判断して実際に行動に移す。「被後見人」というある意味で国から社会的立場を剥奪された彼女から、読者は社会でのたくましい生き方を見出す。いや単純にツンデレ気味の彼女に魅せられたり、「リスベットかっこいー!」と憧れを感じるだけでもいいのだけれども。
しかし女性一人で立ち向かうには限界のある相手との対峙が彼女には続く。そんな時に理解ある男性陣が彼女を全力でサポートするチームプレイも本シリーズの見どころだ。

そのような小説を映像化するのであれば、当然リスベットの再現度でファンの作品評価の大半は決まってしまうと言ってもいい。何千万と言う読者が文字から勝手に想像した「リスベット」をスクリーン上に出さなければならない制作陣の苦労は計り知れないが、それはベストセラー小説を映像化する宿命と言ってもいいだろう。

そして単刀直入に言ってしまえば、本国スウェーデン版の『ミレニアム1』はリスベットの実写化は成功しているとは言い難い。先程「読者が文字から勝手に想像したリスベット像」と書いたが、実は原作は人物の描写等のディティールが事細かに書かれているので(だから分厚い)実写化するのはそこまで難しいわけではないのだ。
原作では「身長150センチほどの華奢な体格で、パンキッシュな服装を身に纏い体中にタトゥーが入った20代前半の女性」と書かれているが、映画版は画像を見ても分かる通りエラばった顏に相応しい筋骨隆々の体でパンクファッションをカッコ良く着こなしていて、「カッコいい女性像」ではあるのだけれどリスベットとはベクトルが違うように思う。

スウェーデン映画版のリスベットはレディー・ガガのような超然としたカッコ良さがあるが、原作はどちらかと言うとカッコ良さと儚さを備えたリアーナのような印象が強い(我ながらチープな喩えで恥ずかしいが)。
そのちぐはぐ感が最後まで拭えないまま映画を最後まで観てしまった感は強い。

ただ原作だと『2』以降で語られるリスベットの過去をラストシーンで絡めて、トラウマ風に演出しているあたりは秀逸。原作ファンなら脚色ににやりとするし、未読の鑑賞者なら続きが気になるような作りになっている。
そしてシリーズを通して残念な扱いを受ける最低弁護士、ビュルマンの役者も気持ち悪くて良かった。この先もその情けないタトゥーと共により不憫な扱いを受けていって欲しいものだ。

そして『ミレニアム』シリーズが面白いのは先程から散々書いている事だが、『1』は単純なミステリーとしてはぶっちゃけそこまで面白くは無い。かつてスウェーデンを支えた大企業の家族のとある事件を、裁判で負けて落ちぶれたジャーナリストのミカエルが調査すると言うプロットだが、過去に起きてしまった事件なので緊張感に欠ける。そして天才ハッカーのリスベットと言う存在が、こう言った調査では力がいかんなく発揮されてしまっていて「ハッキングすればなんでも解決できるじゃん」と観る側が思ってしまうのも難点。
スウェーデン版は暗号の謎解きのきっかけになった、ミカエルの娘の登場を排除してその役割をリスベットに与えてしまった為上記の印象余計に強まってしまう。

更に大企業の一族にまつわる話なので登場人物が多いのだが、ただでさえ慣れない欧州の名前が矢継ぎ早に飛び出してきて、血縁関係も原作未読だと誰が誰やら混乱してしまうのは必至だし、その中で「○○が犯人だ!」と言われても当然ながら驚きな少ない。原作なら家族とミカエルの交流も割と多いし、ナチが多い家族史大分ページが割かれるのだが映画版は尺の都合もあってすっぱりカットされてしまっているのも要因の一つだろう。
元はテレビドラマ用に撮影された作品だったようなので、「ミレニアム」の事務所だったり「あの」地下室だったりと、セットのチープさが目立つのも残念だった。

とは言え文庫本で1000ページ弱ある作品を2時間半に収めるにはある程度の省力は必要なもの。原作に思い入れがあればある程不満点が見つかってしまうのも仕方ない事だとは思う。
リスベット役のノオミ・ラパスだって決して演技が下手なわけではなく、元からそなえている彼女のオーラがリスベットと少し乖離していたから不満に思ってしまっただけなのだ(現に彼女は本シリーズの功績が認められ、シャーロックホームズの新作でハリウッドデビュー予定だ)。

本作は世界的なベストセラーである事は冒頭でも書いたが、本国スウェーデンでは360万部の売り上げを記録している。スウェーデンの総人口はなんと900万人!文字通り3人に1人は読んでいる。もはや一大ムーブメントなんて言う括りでは言い表せないほど愛されている小説なのだ。
そんな小説をドラマ化前提で映画化したのだから、世界中のミステリ/ミレニアムファンでなくスウェーデン人向けに作られたのは明らか。日本人の僕の肌にあまり合わなかったと言うだけだと思う。