$雑食食堂

★★★★

1. 馬鹿な奴
2. 言いづらいこと
3. 鼓動
4. 海の底へ
5. パシリ
6. 目隠し
7. 赤い包丁
8. 過去の人
9. 人間の最後
10. 行方不明
11. 真っ黒な光
12. 言葉
13. 未定

ラッパー、レイトのファーストアルバム。2008年10月発売。

日本語ラップを熱心に聴いている人ですら名前を覚えているかも分からないマイナーなアーティストだが、先日観た映画「ヒミズ」に通じる世界観を持ったアーティストだったので久しぶりに聴いてみた。やはり良いアルバムだ。
公式サイトを初めて覗いたが、今年の春に新作がリリースされるそう。月日が経っている分鋭利な歌詞が錆びついていなければいいのだが。

当たり前のことだが能天気な応援歌だけが人を元気づけるわけではない。日々自分が抱えているネガティブな感情を曲にして、それを世に発表する事にポジティブを感じる人もいる。
その考えに則れば、不条理な現実を社会的な敗者の視点で綴り、作詞作曲演奏(後ジャケ絵も)を一人でこなするレイトは、究極のポジティブアーティストだ。
現にこのアルバムは雑誌REMIXの発売年のランキングに見事ノミネート。

道端に吐き捨てられた痰のようにレイトのラップは心にこびり付く。
みんながみんな毎日恋をして親に感謝して楽しい友人に囲まれているわけじゃない。彼は、この当たり前だが多くの人が目を背ける事実を誠実にラップするからだ。

自らを「馬鹿な奴」と卑下し、酔うと暴力を振るう父親と闘って結局殴られ、ガリ勉の地味でブスな万引き犯(秋山さん)と合コンで鉢合わせ、イジメのパシリにされ、片思いの女の子の鼻ホジリを授業中目撃し、バイト先のコンビニで強盗にあって腹を刺され、夢に向かって頑張ったバンドは空中分解したとラップする。

……いくらなんでも挙げた事柄がすべて真実であるわけではないだろうが、一つ一つのトピックに伴う説得力が、チープなトラックと相まって、特に不安定な思春期を過ごす中高生から共感を得られるはずだ。

前半は虚実入り混じるレイトの日常を面白おかしく楽しめるが、手を変え品を変え「死」についてラップする悲壮感溢れるM8~13までの後半部分は人によってはだるく感じるかもしれないが、彼の世界観をより深く知る事が出来るアルバム内では切っても切れない流れだ。

とは言ってもやはり僕自身も集中的に聞いているのはM7までの流れだ。高速で繰り出される不条理ラップが面白いし、ラップの内容である暗黒の青春を過ごした当時の自分を客観的に描写する、どこか冷めた視線に彼の作詞能力の高さが垣間見れるからだ。

例えば学校に必ずあった微妙なヒエラルキーの中でパシリに苦しむM5のサビは「明日からは断ろう」という言葉が繰り返される。彼は曲中でいじめの為のパシリをするのだが「断」りたいのはいじめられっ子の為では無く、トラブルに巻き込まれたくないだけなのだ。そんな自分本位な考えがぶつぶつと繰り返される「明日からは断ろう」というフレーズに滲み出てくる。

他にも
「お前なんか嫌いだクジラに喰われろ/なんかに乗ってどっかに失せろ」(M1)
「教科書が燃えたから勉強はお終い」(M3)

と徹底的に他者を突き放す/自己中心的な(しかし詩的な)言葉でアルバムは溢れ返っている。汚い自分が汚い社会でもがく様を描写する事はとてもリアルに感じる。レイトの歌詞が「不幸自慢」に留まっていないのはこのバランス感覚のなせる技だろう。

ただ時々熱量溢れるあまりに時折拙く聞こえてしまうラップと、絵に描いたようなチープなトラックは聴く人をひょっとしたら歌詞の世界観以上に選んでしまう作品かもしれない。

馬鹿な奴


言いづらい事


鼓動


【補足】
アルバムの宣伝文に「トイレを逆さ読みしたラッパー名!!」とあるが実際は彼の本名であり、「麗人」と書くそう。(そのため「女っぽい名前だ」と、外国人風のルックスもあり幼い頃はいじめられたそうだ)

また彼が作品を世に発表するにいたったのは、なんと父親からの助言がきっかけになったそう。
曲中では飲んだくれの暴力親父が出てくるが、インタビュー曰く「その点は、父親も否定はしていません(笑)」とのこと。

ROCKIN'ON JAPAN 2008年11月号より