$雑食食堂
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★★★★★

父への激しい怒りと憎しみを抱き、社会の底辺で生きるサンフンはある日、心の傷を隠しながら生きる勝気な女子高生ヨニと出会う。
理由もなく強く惹かれ合う2人だったが、徐々に彼らの運命の歯車が狂いだす……。(参考:http://eiga.com/movie/54947/)

俳優として活躍してきたヤン・イクチュンの初長編監督作品。

はっきり言って2010年の映画のベストで、生涯心に残り続ける映画であることも間違いない。
こんな文章書いてる暇があったらヤン・イクチュンの他の出演作品をもっと見たいくらいだ。

去年の春に見に行ってまた今月の監督の舞台挨拶のあるアンコール上映にも行ったが、派手なCGやアクションが無くてもやはりスクリーンで見たほうが面白い。
登場人物の心情を表わすかのようにぶれるカメラが観客の心まで揺さぶるのだ。

暴力が唯一の会話のツールであるサンフン演じるヤン・イクチュンは、舞台挨拶では「主人公が父親を殴りまくる映画なのに映画の内容を話さず実の父親に借金して製作費に当てました」等と言って会場を沸かせ、とてもユーモア溢れる面白い人で益々好感が持てた。
確かにこの映画も全体のムードはひどく暗いが、時折見せる監督のユーモアには観客の多くがクスリとさせられていた。

途中で製作費が尽きて自分の家を売って製作費に当てるという尋常じゃないヤン・イクチュン監督の熱意が込められたこの傑作は、リハーサルもないほぼワンテイクのみの撮影だったとか。
言われてみればライブ感あふれる映像は、同じくほぼワンテイク撮影という北野武監督と通ずるものがある。
ストーリーはぜひ観ていただいてサンフンの人間としての不器用さや愛おしさを感じていただきたい。

気持を言葉で表わすことのできなかった彼が最後に言うセリフがあまりにも胸に刺さってまさに「息もできな」くなる。
この映画はいろいろな見方が出来るが、その中でもサンフンとヨニの純愛ドラマともいえる数々のシーンは思い出しただけでも目頭が熱くなるほど。

DVによって「家庭」に居場所を見いだせない二人が巡り合うのは大変ドラマティックだが、二人が決して結ばれることはない事をあるシーンで観客のみが知る。
それでも傷ついた心を寄せ合う二人の姿に幸せを願わずにはいられない。恐ろしいくらい感情移入出来るストーリーだ。

わきを固める役者陣も良い。サンフンが勤める(?)事務所の社長マンシクはいつもサンフンや出所した彼の父親を気に掛けてくれる兄貴的存在。
サンフンは表面上そんな「お節介」をウザがっているが、彼が最後に交わす言葉に全てが詰まっている。ここも号泣必至の伏線だ。

ヒロインのヨニの弟、ヨンジェもいつ爆発させるかわからない怒りの感情を秘めた目つきが怖すぎる。
彼とヨニが邂逅するラストシーンは最後に観る人の心を最大限に揺さぶる。ホントにエグかった。

ベトナム戦争の帰還兵で戦争で精神を侵されたヨニの父親や様々な家庭で起こるDV等、「韓国社会の暗部」ともいえる部分をきっちり描き出した点も素晴らしい。

あるDV男にサンフンが「家では金日成気取りか??」と言いながら暴力をふるうシーンがあるが、日本では規制されそうな過激なセリフだ。
そんな脚本もヤン・イクチュンが手掛けている。素晴らしい才能だ。

「暴力を振るうヤツは自分は暴力を振るわれないと思ってやがる」

皮肉にもサンフンが吐くこのセリフが伏線となるシーンは、初見では目をそらしてしまう程に壮絶。この映画は「暴力映画」だが暴力を使って徹底して暴力を否定している。
この強烈な表現方法もとても良い。


ちなみにヨニ一家が住んでいる家は当時のヤン・イクチュンの自宅らしい。正直この家を売っても大した金になったのか心配だが(←余計なお世話)…
現在ではあの家の何倍も良い家を買いなおしましたと舞台挨拶でにこやかに話していた。

暗い話が苦手な人以外は観るべき大傑作。

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