今日は水曜日。
僕は仕事で、 Anneは休みの日だ。
そして最近、水曜日にはもう一つ意味がある。
Anneがある日突然、
「私がDinner作る」
と宣言したのだ。
それ以来、 僕は水曜日の帰宅が少し怖い。
もちろん楽しみでもある。
だが正直に言う。
怖い、なぜなら。
彼女の料理は予測不可能だからだ。
本当に不思議だと思う。
ケーキ、クッキー、マフィン、シナモンロール...
そういうものは驚くほど上手い。
なのに料理になると突然方向性を見失う。
先週は、"Korean Italian Fusion"と言われた。
結果として、 Kimchi Mac & Cheeseが出てきた。
とりあえずイタリアンではない。
その前は、"Healthy California Bowl"だった。
健康的なのは名前だけで、 アボカドの上にチップスが大量に乗っていた。
しかも仕上げにランチドレッシング。
僕はもう聞かない。
聞いても分からないからだ。
家へ向かう車の中、携帯が震えた。
----Hurry home♡
I think today was a win.
"成功した気がする"
その表現が一番怖い。
***
おそるおそるドアを開ける。
「おかえりー!」
キッチンからAnneが顔を出した。
「で、何が成功したんだ?」
今日はキッチンからトマトのいい匂いがする。
少なくとも今日の方向性はまともらしい。
「今日ね、"Lady and the Tramp"を見ていたの」
やはりよく分からない。
なぜ突然、 半世紀以上前の犬のラブストーリーを見ているんだろう。
というか、うちはいつの間にDisney+に加入したんだ?
「それで?」
「知ってるでしょ、あの有名なシーン。LadyとTrampが一緒にスパゲッティ食べるところ」
「あぁ、一応知ってる」
「ロマンチックだなぁって思って」
Anneが満面の笑みを浮かべる。
「再現しようと思ったの」
再現...。
「じゃあシャワー浴びてきて」
「準備しとくから」
僕は何も言わずバスルームへ向かった。
たぶん大丈夫だ。
普通のスパゲッティだ...願わくば。
***
十五分後。
リビングへ戻った僕は驚いた。
テーブルの上には本当に立派な夕食が並んでいた。
ミートボールスパゲッティ
サラダ
コンソメスープ
しかも全部美味しそうだ。
見栄えもいい。
正直かなり感動した。
Anneが料理を覚え始めてから、 確実に成長している。
だが、一つだけ問題があった。
「Anne」
「なぁに?」
「質問なんだが、なぜスパゲッティが一皿しかないんだ?」
Anneは不思議そうな顔をした。
「え?」
そして当然のようにテレビを指差す。
画面ではLadyとTrampが一本のスパゲッティを食べている。
「だから」
彼女はにっこり笑う。
「ああやって食べるの♡」
僕はテレビを見た。
Anneを見た。
スパゲッティを見た。
そしてもう一度テレビを見た。
「だめ?」
僕は静かに椅子へ座った。
「Anne、僕らは犬じゃない」
「知ってる」
知っているならやめてほしい。
「お願い!!」
「一口だけでいいから」
「一回やったら人間らしく食べよう。ね?」
交渉内容がおかしい。
だが、その顔は反則だ。
「......分かった」
「やったー!」
そして
「はい、Brew」
僕は覚悟を決めた。
無心でスパゲッティの端を口に運ぶ。
Anneが反対側から食べ始める。
どうしたらいいんだ。
三十六歳の大学教授が。
なぜ今、犬の真似事をしているんだ。
スパゲッティは短くなる。
距離も縮まる。
僕の尊厳も短くなる。
そして。
キス。
彼女はものすごく満足そうだった。
「ありがとう」
「満足した♡」
よかった。
本当によかった。
「じゃあ」
Anneはフォークを持ち直す。
「人間らしく食べよう」
僕は心の底から安堵した。
今夜一番嬉しかった言葉かもしれない。
***
その後は平和だった。
映画を流しながら夕食を食べる。
思っていた以上に良い映画だったし、
何よりAnneの料理が本当に美味しかった。
僕は最後のミートボールを口に運ぶ。
「おいしかった」
Anneが顔を上げる。
「ほんと?」
「ああ、上手になったな」
「ありがとう」
彼女の顔がぱっと明るくなった。
その笑顔を見ると。
もう一度キスしたくなる。
今度は犬の真似抜きで。
普通に、人間らしく。
だが、彼女はそんな僕の気持ちなど知らずに言った。
「また来週も何かやってみるね」
「普通でいい......」
思わず本音が漏れた。
「普通で......」
「ん?」
Anneが首を傾げる。
「何か言った?」
僕は即座に首を振った。
「いや、何も」
「そう?」
「そうだ」
平和な水曜日の夜だった。
明日はまだ木曜日。
僕はソファに沈みながら、映画のエンドロールを眺めた。
