まだ彼と会えていた頃の話だ。
サイレントに入る少し前のこと。
例の少し変わった長男は
普段からよく私の仕事の話を聞いてくる。
流れの中で何気なく彼の話をした。
長男は
ふーんといった感じで
漫画を読んでいる。
長男が暫く黙っていたので
私は話をやめて家事を始めた。
少しすると顔を上げて、
「お母さん、その人のこと好きなの?」
と真顔で聞いてきた。
今の話、そんな風に聞こえちゃったのか?
少し戸惑いながらも
「お母さんがその人のこと好きだったらどうする?」
と聞いてみた。
また暫く黙っている長男。
母親にそんなこと聞かれたらそりゃ困るよねと思い直し、特にそれ以上突っ込まずに
私も家事を再開する。
30分くらい経った頃だろうか。
会話していたことを忘れかけていたら、
また長男が突然顔を上げて、
「僕はお母さんがその人を好きならそれでいいよ。僕はお母さんが幸せな方がいい。
僕、お母さんが自由な方がいいから。」
この返しにはかなり驚いた。
この子、まだ小学生なのに
私が苦労してやっとわかってきたことを
わかってる。
今度は私が黙る番だった。
自分が愛している人が
自分の側にいてくれたら幸せだ。
でも、
相手が自分を愛していたとしても、
相手が自分の側にいることを
望まなかったら…
愛する相手が
そういう選択を望んでいることが、
イコール
「相手は自分を愛していない」
という訳ではないのに、
私は
「自分は愛されていない」
と変換してしまう。
それは自分の思い込みだ。
歪んだフレームを通して見ている。
相手を愛しているつもりになっているだけで
愛ではない。
愛する人の幸せが
イコール
自分の幸せ。
だから、
相手を縛らず、自由にする。
そういうことを
長男から学ばされた。
「やっぱりお母さんの息子だ。いい男だね。」と答えると、長男は優しい笑顔を作った。
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その時に長男が読んでいた漫画は、
おぼっちゃまくんというギャグ漫画だ。
長男は読む漫画も変わっていて、
昔流行ったものを目ざとく見つけては
読んでいる。
おぼっちゃまくんを読みながら
こんなに真理をついたようなことを
さらっと言える長男に、
どういう頭の構造に
なっているんだろうと笑えた。