彼と出会ってどんどん惹かれていく過程で、
当然、夫への罪悪感が出てきた。
私たち夫婦の間には
特に問題があるわけでも
なかったので、
その戸惑いは大きかった。
でも、
サイレント期間に入って
自分の置かれている状況や気持ちが
整理されていく中で、
これまで自分が常識と思っていたことの枠に当てはめられるような次元の話ではないことが腑に落ちてきた。
引いて物事を見ることができるようになったというか…
自分の中で、新しい枠組みができたというか…
自分が心地よく感じられ、自分が真実だと思うことが一番大事なんだとわかるために、サイレントがあるんだと感じている。
だから、自然と
夫に対する罪悪感も薄れ、
今はほぼない。
ただ、
夫にこの話が理解できるとは思えず、
もし夫が知ってしまった時に
動揺するだろうと考えると
気の毒に思う。
全く入るつもりのなかったサークルの新歓に人数が多い足りないから来て欲しいとそのサークルに所属している友人に誘われた。
飲むだけならいいかな、
と気軽に誘いに乗り、友人と集合場所に向かった。
もう既に、たくさんの人が集まっていた。
友人が「〇〇さん(夫の苗字)、友達連れてきましたよー」と、声をかけた人。
その人が私の夫だ。
友人に紹介されて挨拶する。
あっ
私、この人と結婚する
瞬間、そう思ったのだ。
その時はすごく感動!とか、やっと運命の人に会えた!とか、そういう気持ちの高揚感は全くなかった。
ただ静かに、そう感じた。
この話を友人にすると、
松田聖子じゃないんだからと爆笑される。
でも、嘘じゃない。
本当にそう思ったし、本当に結婚したんだから私としては、このビビビはかなり信憑性が高い。
夫はとても穏やかな人だ。
何度か会ってすぐに付き合い始めたが、いつ会っても優しい時間が流れる。
同じ男なのにこんなにも違うものかと、自分の父親との大きな違いを感じていた。
一緒にいて安心できる。
緊張するような場面がない。
そして、さりげなくしてくれる小さなことに私への愛情が感じられた。
それは今も変わらない。
お互い就職してすぐに結婚した。
私が家族のことで悩んでいる時も、余計なことは言わずに静かに支えてくれた人。
結婚して10年以上経つが、夫から感じられる愛情は変わらないどころか、だんだん強くなっている。
子供のことも心から愛して育てている。
私と子供達を、静かな強い愛で見守ってくれる人。
夫は私が欲しかった、
穏やかな日常、
普通
を与えてくれた人。
私を辛い生活から救ってくれた人。
だから、
私は本当に、夫に不満などない。
それなのに、
夫を圧倒的に凌いでしまう彼の存在に対する戸惑いは大きかった。
夫と彼は何が違うのか。
夫とは完全な恋愛感情から始まって、今に至っている。どこのご夫婦でも一緒だと思うが今は恋愛関係ではなく、家族だ。
彼氏から新婚を経て、今はお互いにストレスのない関係。
当然、感情も役割も引っくるめて、
夫
として見ている。
役割は夫のみ。(文章にするとなんか当たり前すぎるけど…)
一方、彼はというと、
これもまた不思議な感覚なのだが、
恋人、夫、父親、友達、兄、弟、息子といった男性が取りうるすべての役割全てをこなしてしまう存在。
加えて、師匠、先生、先輩、
ときには、私がこの役割を取ることもある。
共有する時間の中で、
くるくるとお互いの役割が変わる感じ。
それこそ阿吽の呼吸で役割が変えられる。
だからか、
大したやり取りをしているわけでは
ないのに、
精神的に、霊的に、
成長が促される。
そして、なぜか懐かしい。
この懐かしさはやっぱり前世で何度も会っているからなのか?
記憶がないし、思い出せないので残念。
ツインレイという概念に出会ってから
自分に起きたことを振り返っても、
次元
ってあるなと思う。
次元はあると考えれば、
自分の身に起きている不思議なことを
受け入れやすい。
夫は3次元的な学びを行う相手。
3次元的な役割をお互いに取ることで
幸せを作る。
私たちが作っている幸せは
周りの人も幸せにしている。
彼との関係性は正直何次元かよくわからないけど、
お互いにお互いの変容を促す相手。
変容したら2人は愛し合うことができ、
その愛を3次元的な役割を越えて広め、
想像できないくらいたくさんの人たちを幸せにする。
今はそんなイメージを持っている。
だから、2人が愛し合う関係になるまでが難関であること、そのためにこんなにたくさんの試練みたいなことが起こっていることも理解できた。
夫とも彼とも、
幸せを作る役割があるってことは
変わりがない。
それが私たち3人に共通した使命であり、
そこに罪悪感なんて
必要なかったのだ。
これに気づくために
たくさんの常識と思っていてことを
脱ぎ捨ててきた。
もっと純粋に役割が果たせるように
きっと、これからも常識を捨て続けるのだろう。