血の通わなくなったことばが飛び交って…


もともと力のあったことばも、その力を封じ込められて久しく…


味もにおいもなーんにもしない、文章や映像が瞬間的に目の前を流れていき…


こんな日常がパッケージされているうちに、日本語の本を読むことがつまらなくなって、されど読みたい本は英語で書かれ翻訳無し


ここ何年かは、翻訳アプリで打ち込んでは書き写す、をやってました



オルガ女史の残り一冊を書込み終えたのが10日ほど前です


お気づきの方もいるかもしれませんが、父の棺に入れたカラスの羽は、左手側の【Michael Gate】を書き写してるときに手にしたものでした

しかもその羽が玄関の前にあった日にまず書き写したのが『raven』を含む一文で、単なる偶然では片付けられないプレゼンスがこの本から感じているので、捨てずに取っておいたのです


その羽が意味することはまだ分からないです 詮索しません


そしてまた意図せずジャンプしていた私が着地したのが、Twitterでご自身が書いたnoteをつぶやかれてたアゼルバイジャン在住の環さんです


奈良で元首相の事件が起きてから、現実もネットも騒然とし、けたたましいくらいいろんな言葉が飛び交っていて、でもそのどれもこれもしっくり来ないと思ってたのです



このnoteのあと



を読み、何日かぶりに、掻き乱され混沌としていたエネルギーが収まるところに収まって、中心点に戻ってきた感じです


環さんご自身に直接伝えたのですが、平面図にしか見えなかったチベット曼荼羅が、突如、立体化したかのような衝撃でした


環さんも、物語を書くということはご自分の羽根(!)をむしって機織りしているかのごとく苦しみを伴うと仰ってますが、オルガ女史の本同様に、マジカルで奇妙な感覚に囲まれる、私にとっては酸素のような存在です


環さんとは奇跡的な出逢いと思っています(私の一方的片想いであっても)

見えない微細な知覚が冴えてくる、そんな雰囲気をまとっている文章です


環さん、IQものすごく高そうなんですが(露&英言語専門)、男性で高IQという方の本(SF)を試しに昨日読んだのですが、内容はともかく、文章途中にある食事のシーンや香りたかい花など書かれてましたが、なにも伝わって来なかった…砂を噛んだり嗅いでる感じ

そういう方は、アタマで書いているのだと思う


余談: 環さんのインスタもとっても素敵なのです〜色使いのwitch宝石赤




父を見送って4週間近くなりました


わさわさバタバタしていた家族の気持ちも、落ち着きを取り戻しつつありますにっこり


特に母に対しては、フィジカルだけでなく心理面での状態を心配していたのですが(ここ数年、父の夜中の面倒を見るため、熟睡することがありませんでした)、数日前に様子を見に行った際は、夜22〜朝5時までほぼぐっすりと眠り、老人会やサークル活動も参加し始め、外に出る機会が増えて、周りの人たちに助けられてありがたいと明るく笑っていたのでホッとしました


本葬直後は、姉曰く「かなりブラックな母だよ驚き」に傾いてて、私も「いい加減にして」と怒ったほど、母の家族へのイライラ態度が最悪でした


写真を見返すと、目が窪み険しい顔つきをしています(遺伝子易経的にいえば、低い周波数)


睡眠と食事量の改善もありますが、じっくり母の話を聞いてみると、私が行く数日前に久しい方が訪れてくれ、母に助けられたことや父の思い出を語ってくれたことを聞けた辺りから、母の中でしぼみかけてた暮らしの活力が甦ったんではないかしら、と感じました


「家に閉じこもらず、お化粧して綺麗な色の服を着て、可能な範囲で活動しようね」と私なりの考えを伝えました

母も84歳、自分の人生の終盤を歌うように踊るように楽しんで欲しいのね


もともと型破りな性格な母なのですが、この日話してて一番驚愕したことが

母「この間、老人会の取り組みの1つで、警察の人が来て【動体視力検査】をやったんだけど、私だけ34歳判定で、ものすごく驚かれた」のだそうですポーン

孫と張り合えるんじゃね?の数値(笑)

車の運転も心配したのですが、まだ大丈夫かなニコニコ

先週の日曜日、介護超ビギナーズと呼ばれている姉と甥が父に会いに行き、母と兄夫婦が留守をした1時間ばかり、2人で父を(なかばむりくり?)運動させたり、水分補給をしてくれた12時間後の夜中、母に胸をさすってもらいながら、すぅーっと静かに父は旅立ちました


連絡をもらい、急ぎ実家で眠る父の顔を見た私の第一声「あらやだお父さん若返ってるじゃん」

数日前に会ったときは、90のお爺さんで、その姿は顔を歪ませて心臓が弱まり苦しい痛いでかわいそうでしたが、旅立った父は穏やかで少し微笑んで60代に戻ってました

あまりに良い顔なので、「撮ろうよ」と一人一人父とツーショットしたほどの男前ニコニコ


父は母の食事が大好きなんですが、はからずも最後の食事はお稲荷さんとおはぎという、別格で大好きなもの

母も心残りはなく、「うまい」と言った言葉が忘れられないと嬉しそうに話してくれました


転勤族の親(私の兄)と離れ高校から実家でおじいちゃんおばあちゃんと暮らしていた一番上の孫が、自宅最後の夜(翌日葬儀場へ移動)に、どうしてもと父を挟んで母と川の字で寝て、「おじいちゃんありがとう、ありがとう」とむせび泣いていたという話を翌朝聞き、私も泣けて泣けて仕方なかったです(今もダメ悲しい


人に迷惑をかけることが一番嫌いだった父なので、完全に寝付いて1週間での旅立ちは、一人で看る母の体力を思いやってくれたように感じてます

何も言わなかったけどね、お父さん、私は大好きなお母さんのためだったって思ってるよ

お母さんはお父さんが、自分がうとうとした10分あまりの間に逝っちゃって寂しくさせたと責めたけど、よーく話をきいたら、苦しくてさすってたら急に息が穏やかになってお父さんが寝入ったって言うの、その時に体とサヨナラしたんだよね?だからお父さんは寂しくなかったよね

棺に入れた手紙です

中にとてもきれいなカラスの羽🪶が入ってます(この羽🪶も偶然の一致な話があるのですが、書くと長い長い話になるので、父の御魂に必要なものとだけ記します)


とりあえず、お父さん、まだもう少しこの世をウロウロしてね

でもね、お母さんのことは心配なくね

私たちもいるし、ご近所老老ネットワークも万全なので笑ってみててね