オルガ女史は体験していく明晰夢の中で、不本意な死をとげた青年の魂と出会います。彼はビジネスマンとして身を粉にして働いていたある昼間、事故によって「死」を意識する間もなく肉体を去り、生前中も死後の学びを一切していなかったため、大混乱の中でさまよい続けていたのでした。
その青年の精神の歪みが形となっていて、オルガ女史にはおぞましい姿に視え、かなり怯えます。そんな中でも彼の声に耳を傾ける女史(意識の世界なので、意識的会話ですよね)。でも明晰夢の中では、この世的な診断も処方箋もありません。彼の悲痛な叫びを聞いているうちに、ある声が彼と女史のハートに響いてきました。
それは彼のガイドの声。ガイドは常に私たちのそばにいるのですね、そしてその人にとって必要な言葉・行為を届けるチャンスを待ってくれてるように読みながら感じました。
ガイドの言葉を受け入れていくうちに、救いのない闇に一条の光が届いたかのようになり、落ち着きを取り戻していく彼。そんな彼の一部始終を見ていく女史。
ガイドは意識の中にある、とても美しい湖のほとりに二人を導きます。そこで彼にだけ、果てしなく青く透明な湖の水に触れ、飲むように指示します。そこは魂のトラウマをクリーニングするの場でした。女史もその水のクリアさに惹かれ、自分も触れたい、飲みたいという衝動に駆られるのですが、そこにハッキリとマイケルの声(波動)が、「まだ飲むときではない、決して触れてはならない」と彼女のハートに響き渡ったのでした。
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このあと、彼女は高校時代の親友:ラーラを救えなかったことから発していた自分自身のトラウマをクリーニングする明晰夢へと入っていきます。ラーラは大人になってから精神の不安定さが露出していき、見かねたご主人によって霊能者のところに連れていかれ、何度か試みるも失敗、女史の病院へと入院します。そのとき同室になった女性が、ラーラの目の前でカッティング自死を選び、それが引き金となりラーラ自身もそのあとに自死を選んでしまうのです。
女史が進んでいった意識の世界は高校時代の場面でした。そのときのことを追体験しながら、本当はこうしたかったのに自分の弱さからできなかった行為を、女史は勇気を出して行っていきます(そこに至るまでの話はとても長く深いものがあるのですが、詳細はここでは省きます)。高校時代の出来事によって、ラーラとの間にできた溝、それは女史の意識に深く暗い影を落としていたのですが、ここまでの間にマイケルから指導された事柄や、前段階の明晰夢の中で体験したことが意識の中で自然と湧き上がり、どう癒されていったのかが明かされています。
このシーンを読んだ私が感じたのは、セントラル・サンの光線。あらゆるものを癒すとされる愛の塊。太陽のまばゆい光が分厚く重苦しい雲の間から、燦然と女史に向かって射し、体を包む感覚というのでしょうか。
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このことと同じレベルではありませんが、私も深い内省を体験したとき、信じられないくらいハートの中心から熱いものがほとばしり、あらゆる束縛から解き放たれたような感覚がありました。それは子供のころのことを内省していたとき。当時、父との間に溝(見下す感覚)があったのですが、幼いころからの父との出来事(事実)を可能な限り思い出していたところ、いきなり私が知りもしない父の行動が映画を見るように心の中で展開されていったのです。
その行動を見たとき、ダムが決壊するかのように、涙があふれ出て、父は私の知らぬところでどれほど私を庇い、そして私が立ち直るのを言葉にもせず、ただただ待っていてくれたのか、その行為を感じ取ることすらなく、父に冷たくあたっていた自分。なんという愚かさ。涙が枯れ果てるまで数時間かかりました。そのときずっと、涙しながら感じていたのは、ハートから放たれる全身をくるむ無条件の愛。それが人からは感じたことのない「赦しの光」とでも言いましょうか、その光を感じれば感じるほど、泣けて泣けて仕方なかったのです。
この一件を境に、父との関係は急速に変わり、他の兄弟たちが父へ怒っていることでも私は笑っていられるようになり、と同時に人生の見方も大転換した出来事でした。実は今も、このときの展開を思い出すと、胸の奥底から熱を感じ(涙こそもう出ませんが)、深い感謝の思いが湧いてきます。赦しの光は永遠なのだと実感するのですが、ただ、傲慢さがまさると、その光はまた雲に隠れてしまう気がしています。
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さて本題:オルガ女史は明晰夢の体験のあと、サマルカンドからシベリアへと帰り、旅行をドタキャンされたマーシャに会うのでした。(⑧へ続く)