mamoが11年前に行ってきたイスラエル でのアレコレを 思い出すままに書き綴っております

最近のイスラエル情勢または状況とは違うことが多々ありますが mamoの個人的体験記として読んでお許しいただけたら幸いですpekori*


エルサレムにあるイエスの遺体を安置した?という説がある 「園の墓」を出て 再びバチェーバのお家で一泊お世話になり いよいよイエスが活動の拠点としたガリラヤ湖へと向かいました


地図上で見ると 首都テルアビブを通って向かうルートが一般的な感じでしたが ノアが「テルアビブには行かない」と言うので お気楽3人は彼女に任せて鼻歌まじりで車に乗っていました


ところがこの日 テルアビブで爆破テロがあり 多数の死傷者が出るという惨事が勃発したのです爆弾

ちょうどおおきなユダヤ教の祭事があり こういうときは危険だとノアが察知してくれたので 私たちは回避することができましたが ニュースを見た日本にいる家族は大騒ぎになり・・・今とちがって携帯もなく 連絡もまったくしてなかったので パニック状態になっていたそうですえっ(ハイファに戻ると mamo姉からキッツ~イFAXが届いてました)


事件のことは モシャブというキブツと並ぶイスラエル独特の共同生活所のようなところに住むノアのお父さん方の実家に寄ったときに知ったのですが 事件を知っても実感がなく 「良かったねぇ」でmamoたちは終わっておりました(mamo父たちよ! ゴメン)


しかし その事件以上にmamo衝撃を受けたことがあったのです


おじいちゃんおばあちゃんと会ったとき 壁に古い写真が貼られていました

おじいちゃんとその妹と撮ったものだと聞き mamoは「妹さん お元気ですか?」とたずねると・・・

ノアがおじいちゃんたちはドイツにいたので ナチスに捕らえられユダヤ人の強制収容所に入っていたと教えてくれました

妹さんとも 他の家族とも生きて会うことは叶わなかったと・・・泣く


アウシュビッツとかアンネの日記とか 一時すごく興味を持って本を読んだり映像を見たりしたことがあったんですが おじいちゃんから思い出話とか一切聞きませんでしたが 写真とノアの説明で受けたショックの大きさといったら・・・波

それまで得たものが いかに自分の中で「非現実」であったかを思い知らされましたヨーズーン


想像を絶する試練のあと 新たな地で新たな家族を得て にこやかに私たちを受け入れてくださるおじいちゃん達 本当におだやかで優しい波動に癒されたmamo(4年ほど前にお二人とも天国に召されましたキラキラ


もう少しいたかったのですが モシャブにはまた帰りに寄らせてもらうことにし 夕方まえには着くようガリラヤ湖めざして ふたたび出発ですくるま。Bブ~・・・(車)。

いよいよイエスが活動拠点としていたカペルナウムが近づいてきましたうお座(続きはその⑯で!)


mamo