mamoが11年前に行ってきたイスラエル でのアレコレを 思い出すままに書き綴っております

最近のイスラエル情勢または状況とは違うことが多々ありますが mamoの個人的体験記として読んでお許しいただけたら幸いですpekori*


死海からもう少し下の方 アゴットという中都市なのかな

そこにあるショッピングセンターでピザ屋さんをやっているノアのいとこご夫婦のマンションに 今晩は宿泊させてもらいます


SCの中で 玄米を炊く材料( そうなのです mamoたちはノアに玄米を炊くピース釜をプレゼントしたのです

Tくんがかついで運んでくれました~ありがとうぺこり )を購入

玄米も 小豆もあったことにびっくり!

詳しい値段は憶えていないですが 日本よりは高かったことは確か。。。です


そのSCのセンターコートで 子供が大勢集まっているので何をするのかなーと思ってたら

当時世界中ではやっていた おんぷマカレナ(← 憶えてます?)をみんなで踊りまくっていました♪dance♪


ノアのいとこの仕事が終わるのを待って マンションに向かいました

その日は 年長者Mさんのお誕生日ケーキ

ワインやケーキを買って みんなでお祝いをして楽しかったデスカンパイ



ところで この頃のイスラエル とっても水 とくに温水が貴重のようでした

ノアの自宅もバチェーバのお家も ソーラー温水なので 太陽が出てないと温水は出ないし 水自体がとても高いと聞きました

日本にいるつもりで シャワーをバシャバシャ使っていると シャンプー途中で水しか出なくなったりして その水も出が悪くなって 一度mamoはシャワールームから出るに出れなくなったことがありました


ノアの家族(親戚含め)はみんな いやな顔一つせず 私たちにシャワーを使わせてくれたけど いきなり4人もきて 本当はかなり大変だったのではないか?と思います(ホントにホントにありがとうございました娘①004


転々と親戚関係のお家に泊まったり 寄ったりをこの後もしていくのですが ユダヤ系の方々の結束力というか どのお家も家族なのだから当たり前でしょと 受け入れてくださるところに

国を持たずにいた民族の歴史を 自然と肌で感じました


一晩お世話になり アゴットを出発したのですが こんなに下の方に来る予定ではなかったので はて今日はどこに行こう?と思っていたら ノアが「バチェーバの末っ子ダナがこの近くの全寮制の高校にいる」というので 突如 会いに行くことになりました


迷惑も何も考えず ダナを見つけ 教室や寮に行く4人

・・・ところがこの辺りから なんとなく4人の気持ちが不揃いにむっ・・・

とうとう次に訪れたネゲブ砂漠で 一回目の衝突が起こったのですパンチ!

そしてその後にmamo 今の仕事に就くきっかけとなるような珍事が・・・そのお話は次に 続きます~夕暮れ


mamo