最後は、この地上ですべてのものを完成しなければなりません。神様も、真の父母も、地上で完成しなければなりません。そうすれば、地上の家庭を中心として暮らす個人たちが、世界を代表するのです。世界を代表する氏族、民族、国家、世界、天宙全体が地上で形成されなければなりません。それを形成して、天国に入って暮らすというようになっているというのが創造理想の観です。その世界を失ってしまいました。神様と人間、天宙父母と天地父母が分かれたのです。それが一つになって、最終的に天地人父母にならなければなりません。最後に希望として願うものが天地人父母です。神様が完成するのは地においてであって、霊界ではありません。無形の神様が実体をもって完成しなければなりません。
最後は、この地上ですべてのものを完成しなければなりません。神様も、真の父母も、地上で完成しなければなりません。そうすれば、地上の家庭を中心として暮らす個人たちが、世界を代表するのです。世界を代表する氏族、民族、国家、世界、天宙全体が地上で形成されなければなりません。それを形成して、天国に入って暮らすというようになっているというのが創造理想の観です。その世界を失ってしまいました。神様と人間、天宙父母と天地父母が分かれたのです。それが一つになって、最終的に天地人父母にならなければなりません。最後に希望として願うものが天地人父母です。神様が完成するのは地においてであって、霊界ではありません。無形の神様が実体をもって完成しなければなりません。
天宙父母は神様です。天宙というのは、神様の家です。霊界も神様の家であり、地上も神様の家です。天地父母は、この地上の堕落した世界で、父母の位置に立つのです。天地父母の聖婚式が天宙父母の聖婚式と合徳することによって、天宙・天地父母の王権即位式を中心として、地上と天上の二つの世界が一つの道で決定し、収められ、天の結実として捧げられる時がきました。
天運の時代に突入する時において立てられる、「真の父母」と真の子女と真の夫婦は、どのような人たちでしょうか。そのような人たちは、人間の情に通じ、神様の心情に通じた人たちであり、神様の心情が宿る宇宙的な苦難を体恤した人たちであり、神様の真の愛を中心として、「神様は私の父である」と言える、その何かを感じた人たちです。六千年の歴史を経てきながら、人間は、人間の縦的な問題を解決できず、横的な問題も解決できませんでした。人間は、このような問題を解決してくれる宗教を求めてきました。私たちは、終末時代においてぶつかる峠と、全ての障壁を越えていかなければなりません。