Brother Sun, Sister Moon -2ページ目

Brother Sun, Sister Moon

駄小説のたまり場。

セミ・ノンフィクションの子供達。

今、ワタシは大阪行きの航空機内にいる。

大阪への出張は珍しいものではない。昨年から続いていた関西方面での仕事が、今年に入り加速し始めたため、3ヶ月に一度は大阪を訪れる機会を得ている。




大阪への移動手段は、いつも新幹線と決めていた。
その理由は、ワタシの『飛行機嫌い』にある。行き先が海外や離島の場合は仕方ないが、目的地が「地続き」なら、多少の時間が掛かっても新幹線か車を利用してきた。

今回もまた新幹線で向かうことに決め、インターネットで時刻表を見ていると、「なんで、飛行機で行かないの?」と、いつのまにか現れた彼女が訊いた。

「嫌いなんだ、飛行機」
「なんで?」
「地に足が着いてない感覚が落ち着かなくてさ」

「ふーん・・・でも空飛んでるんだから当たり前じゃない?」と、ワタシの顔を覗き込みながら彼女は言う。

確かにそうだ。ふたりで笑った。




暫くして彼女が言う。

「あなたの飛行機嫌い、私のせいでしょ?」




そうかもしれない。
あの夏の日。彼女がこの世から去ったあの日から。

羽田発、伊丹行き。

以来、ワタシは飛行機が好きではなくなった。




「馬鹿言うな。もともと嫌いだったんだ。お前のせいじゃない」
取り繕いつつ、ワタシは応える。

彼女は、少し困ったような表情でワタシを見つめ、

「うそつき」と言った。


ワタシは、黙ってモニターを見つめながら考える。
今、このまま新幹線の予約をしたら、彼女はどう思うのだろう?
かえって、責任を感じさせることになるのだろうか?


「あなたの飛行機は落ちないよ」妙に真剣な表情の彼女が言う。
「だから大丈夫。飛行機で行きなさい」

おいおい、珍しく説教じみた言い方じゃないか。

「私、そういう気の遣い方って、好きじゃないな」
「言ったろ?お前のせいじゃないんだ」そう言いながらワタシは彼女のほうへ振り返る。



そこにいる彼女は泣いていた。
初めて見る、彼女の涙。生前には絶対に見せなかった大粒の涙。



泣くなよ。こっちまで悲しくなる。



彼女は涙を堪えながら、ひとつ大きく息を吸い、言った。

「もう、私の『呪縛』から離れなさい」


呪縛?


「あなたは優しいひとだから、いつもそうやって気遣ってくれる」
「あなたのそんなところが大好きだった。でも、もういいの」



ワタシは無言のまま、彼女の言葉を聞いていた。

「私があなたの前に現れなければ、良かったんだよね」
「ごめんなさい」



謝るなよ。
頼むから。
涙が出るから。
言葉が出なくなるから。



ワタシの傍を離れ、彼女は背を向ける。
掛けるべき言葉が見つからないまま、ワタシはただ呆然と彼女の後ろ姿を見ていた。



このときのワタシは、きっと世界で一番、間抜けな男だったに違いない。




最後に振り返った彼女の目には、もう涙はなかった。そして、かわりにそこにあったのは、夏の日に揺れる『向日葵』のような笑顔だった。




「さあ」彼女は言う。



「恋をしなさい」

「あなたは、恋をしなさい。そして、もっと素敵になりなさい」



ワタシは涙を堪える事が出来なかった。



「あなたが選ぶ素敵な女性と恋をしなさい」

「『亡霊』とではなく、ね」



最後に悪戯っぽく言い、小首を傾げてにっこり笑うと、彼女は消えていった。



彼女の残像を見詰めながら、ワタシは確信した。
もう、『彼女』とは逢う事が無いのだ、ということを。





今、ワタシは大阪へ向かう機内にいる。

よく晴れた9月の陽を浴び、窓から見える主翼がきらりと光った。
眩しさに目を背けようとした一瞬、そこに『彼女』がにっこりと微笑んでいるような気がした。



(了)