おはようございます(^O^)/
福山市でキッチン、浴室、トイレといった
水周りのリフォームを得意としている
サンモルト代表の小川です。
これから広島の安芸太田に
向かいます。
いよいよです。
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欲望に惑わされない
立派な人物だろうが、人が嫌がる
職業についている人だろうが、どんな
人でも慈悲深い心を奥底に持って
いるようなものである。
また、立派な豪邸に住もうが、粗末
なあばら屋に住もうが、住めば都で
あり、どんな住まいにもそれなりの
味わいがある。
それなのに、人間はとかく、欲望や
感情に心を惑わされてしまい、自分
の身のまわりに、それなりの楽しみや
幸せが潜んでいることに気づかない
のである。
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自分のあり方次第です。
さてさて、最近、土曜日の恒例と
なっている足利氏シリーズを
お届けしましょう。
「足利氏の盛衰を鞆の浦に見る」
第8回です!
【過去のシリーズ一覧】
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.1
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.2
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.3
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.4
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.5
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.6
足利氏の盛衰を鞆の浦に見る vol.7
備後の鞆に動座(どうざ)した足利義昭。
彼が、居を構えたと伝えられるのが、
現在、鞆の浦歴史民俗資料館がある
「鞆城跡」です。
左に見える小高い丘が鞆城跡
ちょっとここで鞆城、現在の資料館が
ある場所についてお話しましょう。
町の中心部にある小高い丘に
鞆城跡(現、鞆の浦歴史民俗資料館)
はあります。
昔は鞆中学校がそこにはありました。
(50年くらい前でしょうか?)
「鞆城」という名前の名残か、
地元では通称「城山(しろやま)」
と呼ばれ僕が小学生の頃は
そこでよく遊んでました。
資料館の駐車場を上がっていくと
刻印が彫ってある石垣が目につきます。
資料館へ行く途中の石垣
この石垣、義昭がいた時代には
無かったそうで。
1600年(慶長5年)関ヶ原の合戦後、
福島正則が芸備(げいび)の大名
として広島城に入ってきますが、
今、鞆の資料館にある石垣は
福島正則によって築かれた
鞆城の遺構です。
色んなところに石垣の見れる
鞆城の築城は1609年(慶長14年)
まで続き、3層3階の天守閣も
作られていたが、あまりにも大規模
だったため、徳川家康の嫌疑が
かかり、廃城となりました。
一国一城令によって廃城に
なったとも伝わってます。
ようするに、鞆城は完成する前に
取り壊されてしまったわけです。
話を義昭に戻します。
義昭時代の古い石垣は、
丘の下の民家に隠れるように
対潮楼(たいちょうろう)の方向に
続いっていってます。
対潮楼近くの石垣
対潮楼とは本殿と隣接する客殿のこと。
お寺の名前は福禅寺(ふくぜんじ)
刻印が歴史も「刻む」
長くなってきたので、
続きはまた、次回(明日)!
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株式会社サンモルト
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