黄色いプーさんのぬいぐるみ。

薄黄色の縁どり付いた、タオルケット。


木の取っ手が付いた、黄色い小鍋。

黄色のお箸に、黄色い台所スポンジ。

薄い黄色のヤカン。


パステルイエローの歯ブラシ立て。

ほんのり黄色がかったタオルに、

薄いクリームイエローの食器棚。


黄色のマグカップ。



みんなで食べるとおいしいね


みんなで食べるとおいしいね


みんなで食べるとおいしいね



うちには、沢山の黄色い物がある。

絵の具を出した時に出てくるような黄色ではなくて、

うすい、柔らかな黄色。

少しオレンジがかった、山吹色。


そういう黄色が、とても好きだ。

気がついたら、

家の中には、沢山の黄色いものがあった。


なぜ黄色が好きなのか。

その理由は、とてもはっきりとしている。




小さな頃、我が家はとても裕福とは言えず、

家族旅行に行く余裕など、全くなかった。


そんな中、唯一思い出として覚えているのが、

父方の伯母が連れて行ってくれた、水上温泉だ。


伯母と、いとこのD君、そしてうちの母と子供達3人、

夏休みや春休みになると、よく水上温泉へ行った。


伯父夫婦の勤める大学関連の保養所が、

水上温泉にあったからだった。


D君は一人っ子だったが、

うちには姉、私、弟の3人がいた。


子供一人を連れて旅行をするよりも、

みんなで旅行をすればD君も楽しいだろうと、

宿泊費の負担を申し出た上で、

伯母はいつも私達を誘ってくれた。


だから、今でも小さな頃の旅行と言ったら

真っ先に、水上温泉が頭に浮かぶ。



唯一の思い出の場所である水上温泉は、

空気のきれいな、こじんまりとした

絵に描いたような田舎町だった。


泊まる旅館のすぐ外には、川が流れていた。

部屋からはずっと水の音が聞こえていた。


当時は大きな川のように思えたが、

今でも耳に残る水の音を思い出すと、

あまり水流の多い川の音ではなかった気もする。


皆が寝静まると、ずっと水の音が聞こえているのに、

その奥には、怖いくらいの静けさがあるのが不思議だった。

東京の夜とは、何かが違った。



夕食では、いつも楽しみにしていることがあった。


食堂からは、遠くの山々が見渡せた。

日が暮れてから山のてっぺんの辺りを列車が走ると、

窓からの明かりが、いくつも連なって見える。


暗くて、山も車体もよく見えない中、

列車の小さな窓の明かりだけが、

ゆっくりと左から右へ動いて行く。


まるで列車が、空を走っているようで、

銀河鉄道999が大好きだった弟は、

「銀河鉄道が走ってる!」といつも喜んでいた。


その銀河鉄道がみたくて、

私達はいつも、外ばかり眺めながら夕食を食べていた。



水上は、冬になるとびっくりするくらい雪が積もる。

小学3,4年生だった私の身長を

優に超える程の積雪があった。


保養所の近くには、小さなスキー場があり

家族でスキーなどという贅沢は出来ない代わりに、

みんなでソリ遊びを楽しんだ。


スキー場の脇には、

ソリ遊びをするための、穏やかな斜面があり

そこで遊ぶのが本当に楽しかった。


どこまでも続く雪山の斜面を

出来るだけ高い所まで登り、そこから一気に滑る。

それだけのことなのに、本当に楽しくて

夢中になってみんなで遊んだ。


何度も転ぶので、そのうち服が濡れて寒くなると

ランチやお茶を兼ねて近くのお店に入る。


お店にあっただるまストーブの周囲は

腰の高さくらいの金網で囲まれており、

私達は、そこに服をかけて乾かした。



お店では、いつもラジオから

古い歌謡曲が流れていたように思う。

「北の国から」を見た時に

似たような曲がラジオから流れてくるシーンがあったな、

と思ったのを覚えている。


おばあさんが冬の間だけ開けているような小さなお店で、

メニューを書いて壁に貼ってる紙は

どれも色あせていて、曲がったりしていた。


貼りつけてあるセロハンテープも、茶色くなっていた。

お店の中にあるものは全てが、とても古めかしく見えた。



2年目くらいになると、あまりに洋服が濡れるので、

スキーウェアを着るようになった。


そのスキーウェアは一体

母が私たちのために買ったのか

それとも、伯母が買って来てくれたのか

いくら考えても、思い出すことが出来ない。


私に与えられたスキーウェアは

鮮やかな、山吹色のような濃い黄色だった。


LOFT、という雑貨屋さんで買い物をした時

品物を入れてくれる袋の色を少し濃くした感じ、

と言えば想像がつくかも知れない。


それを着てスキー場に向かっている時、

伯母が私向かって突然言った。


「あなたは、黄色がとてもよく似合うわね」


その日から、

私にとって黄色は特別な色になった。



うちの両親は、子どもを褒めることが無かった。

いつも怒られてばかりいたし、

外見を悪く言ったり、けなすことは何度もあったけど、

褒めてくれた、という記憶は一度もない。

大人というのは、皆そういうものだと思っていた。


だから、伯母が私に

「黄色がとてもよく似合う」と褒めてくれた時、

本当に驚いた。


私にも似合う色があると知って、

嬉しくて、なんだか胸がドキドキした。

少しだけ、大人になったような気がした。



その日からずっと、今でも変わらず

黄色は私を幸せな気持ちにする。


大人の人が初めて私によく似合う、

と褒めてくれた特別な色。


水上温泉での楽しかった思い出と、

初めて褒めてもらった時の

嬉しいような、恥ずかしいような気持ちを

今でもはっきりと、思い出させてくれる色。



だから、

夏になれば、ヒマワリの花を部屋に飾る。


紅葉の季節になれば

赤や黄色に染まった葉を見て美しいと思う。

イチョウ並木は特に心が躍る。


冬になると、駅からの寒い道のりを、

自分の部屋の黄色がかった

白熱灯の明かりを思い浮かべて、

テクテクと歩いて帰る。


春は、道端に咲くたんぽぽを見つけると

どうしても摘んでみたくなる。



あれから25年もたった今でも、


身の周りある温かい黄色を見るたび

心の奥深くに、じわっと嬉しい気持ちが広がる。


黄色はあの日以来、

幸せを運ぶ特別な色、なのだ。




みんなで食べるとおいしいね