2日目の朝。
アルゼンチンのおじさんを待っている間に後ろに並んでいたのが
アメリカからの女性で、軍隊に所属しているディミトリスだった。
黒人で、多分年齢は20歳すぎくらい。
身長は私と同じ160cmくらいで、軍にいるアメリカ人としては小柄だと思った。
寒いのか、頭と耳をすっぽりと覆うロシア風の帽子をかぶっていた。
アルゼンチンのおじさんは、
何かの手違いで自分のフライトがキャンセルになっていたらしかった。
カウンターのお姉さんはその予約を戻すために、あちこちに電話をしていて
それで猛烈に時間がかかっていたようだったけど、
あの状況で待たされている私達は、徐々にイライラし始めた。
後ろに並んでいたディミトリスに、
「おじさん、随分時間かかってるよね」と話しかけると
おじさんを睨みながら「もう切れる寸前なんだけど
」といった。
完璧なまでの無表情だった。
軍で培った迫力は半端じゃないと思った。
数分以内には、そのままおっさんに銃でも打ち放しそうな雰囲気だった。
私は急に、先程自分が彼女の目の前で横入りしたことを思いだして
「よ、予約が取り消されちゃって、おじさんも大変なんだって!!」と
悪者はあくまでもアルゼンチンのおっさんであることを強調しつつ、彼女をなだめた。
でも、よくよく話してみると彼女はとても話しやすくて、
いつもは無表情なのに笑うと急に無邪気な顔になるので、
そのギャップが可愛かった。
この日、アメリカン航空の便の多くはキャンセルになっていて、
私が前日に乗る予定だったのと同じ、夕方のLA行きもその対象になっていた。
この日に飛ばすのは、4便だけという案内があった。
成田までの交通手段が遮断されていて、必要な資材、食材、人材の確保も難しかったし
海外から日本に飛んでくる便もキャンセルされていたので
そもそも機体が成田にないから、飛ばすものがないという状況だった。
私達がWaiting List に名前を載せることが出来るのはそのうち2便。
ダラス行きかJFK行きのどちらかだった。
私の最終目的地はデンバーで、LAからデンバーに乗り継ぐ予定だった。
NYのJFKまで行ってデンバーに折り返してくるのは、さすがにきついなと思って
ダラスの方へ名前を載せてもらうことにした。
その日の午後はヒマで、正直、何をして過ごしたのかほとんど覚えていない。
ジョアンナもきょう子さんもいなくなってしまって、とてもさびしかった。
コンセントをつなげる所から離れたくなかったから、ずっと同じ場所にいる必要があったし
荷物を置いて空港を散策する、ということが出来なかった。
食事も、朝きょう子さんと食べたラーメンと、
その時一緒に買ったプリングルスが手元にあるだけで、
昨日からのジャンキーな食生活で、疲れも増してきた気がしていた。
とにかく早く夜になってほしくて、何としてもその日の夜に飛びたいと思っていた。
やっと日が落ちてきて、18時過ぎくらいからみんなずっとカウンターの近くで待ち始めた。
私は遠くにディミトリスがいるのを見つけて、走って行った。
彼女は、軍の男の子二人と一緒に待っていた。
ランニングシャツを着て、腕にはやたらとタトゥーがしてある男の子だった。
その彼が、日本語の分かる人はいないかとディミトリスに言っていて、
聞かれた彼女は「彼女、日本人だよ」と私のことを指さした。
彼は私の所に来て、手に持っていたレシートを私に差し出しながら
「このレシートにお酒と言う文字は含まれているか?」と聞いてきた。
一瞬、???と思ったけど、
その後すぐに、どうしてそんなことを聞くのかの意味が分かったので
「どこにもお酒とは書いてないし、商品って言葉しか使われてないから
経費精算のクレームしても大丈夫だと思うよ」と言ったら、やたらと喜んでいた。
くぅ。お酒が売っていたのか。
飲みたかった、あたしも飲みたかった。
心配してくれていた会社の同僚R子ちゃん一家からも、何度かメールが届いていた。
飲み仲間だけあって、ちゃんと空港でもお酒は飲めているのかとの確認だった。
今の状況だとお酒も買えそうにないと説明すると、旦那さんのDちゃんから
「飛行機の燃料でも飲んでおけ」
という、およそ心配しているとは思えない返事が来た。
そうこうしているうちに、19時を回った頃だったと思う。
アメリカンのお姉さんが、カウンター付近でスタンバイしている私達の所へ来た。
その手には、一覧表らしきものが握られている。
私達は一斉に彼女を取り囲んだ。
