お腹を空かせて、冷たい床で横になるも、なかなか眠れず

近くの大画面からは常にNHKの放送が流れていた。


その頃友人から、仙台のあたりで200-300人くらいの津波による遺体が

発見されたときいて、初めて事の重大さに背筋が凍りついたのを覚えている。


確かに、空港がこれだけ閉鎖される地震というのも経験したことがないけど

そのニュースは尋常じゃない、と背筋が凍った。


余震が続く空港では、

揺れるたびに天井から大きな音がしてどうも落ち着かなかった。

ここまで余震が続くことも経験したことがなかったし

一体どうなるんだろうと不安でいっぱいだった。


夜中の12時ごろに、放送が入った。

臨時で500食くらい非常食が準備できたという。


数に限りがあるので早い者勝ちだということだったけど、

1時ごろまた追加で手に入るというので、その時に取りに行くことにした。

きっと今いけばすごい行列だなと思ったし、それに並ぶ気力が残っていなかった。


1時を過ぎて、きょう子さんと一緒に取りに行ってみると

JALの機内で提供されているカップヌードルだった。

夢にまで見たカップヌードル・・・ポッ


中身はどんべいのようなおうどんで、その場でお湯を入れてくれていた。

ジョアンナの分も持って帰ろうと、2つ下さいとお願いした。


ちょうどお湯を入れていると、カナダ人の男性がテーブルに立っていて

「このお茶は私たちカナダ人からの差し入れです、

よかったら皆さんで召し上がってください」と、

カナダの特産である名前は忘れてしまったけど、

なんとかティーをみんなに渡していた。


ほんのりと甘い香りがしていて、温かいお茶も美味しそうで

「一つもらってもいいですか?」とカナダ人の人に聞くと

「どうぞどうぞ!」と分けてくれた。

(英語で言うところの「おーいぇす、ぷりーず」)


初めて飲むお茶で、ティーバッグを抜くタイミングがわからずに

微妙に濃すぎたお茶になってしまったけど、体が温まった。


みんなで食べるとおいしいね



ヌードルとビスケット、ゼリーを2人分持って帰ってみると、

ジョアンナは熟睡していたので、私がヌードルは二人分食べてしまうことにした。

これは一言で表現するならば、激ウマだった。

いや天国とでも申しましょうか。昇天?


食べながら、寝袋を一つしかもらわなかったことを思い出し

ああ、これだけお腹が空いているんだから、最初からヌードルも

自分の分を二つもらうという方法もあったんだと気が付いた。


でも結果として二つ食べたけど、同じような状況になったときに

やっぱり「必要以上にもらってはいけない」という気持ちになって

結局一つだけしかもらわずにいるだろう、という気もする。


そんなこんなで空港での1日目は過ぎて行った。

とにかく寒くて余震が怖くて、早く朝が来てほしい、と思いながら

ほとんど眠れずに過ごした夜だった。