とりあえず、建物の中にいる人達は皆、外に出た。



みんなで食べるとおいしいね

みんなで食べるとおいしいね



後から考えるとここの外にある道路も高架になっているので

地に足がついているわけではなく、きわめて安全というわけではないけど

あの大きな音がする天井から逃げられるだけ、良かった。


外に出てしばらくすると揺れが収まったので、

とりあえず放り出してきた自分のコチラの荷物を取りに帰った。



みんなで食べるとおいしいね


アメリカンエアラインのカウンター前で待っていたこの子たちをゲットして

どうしようかと考えているとまた揺れだしたので、急いでカートを押しながら外に出る。


とりあえず外に出られたので安心していると、空港職員の方に

「ガラスのそばには立たないでください、割れると危険です」と言われて

そうだったそうだったと急いでそばを離れる。


外の高い位置にかかっている時計が、地震の度にガンガンガンガンと

大きな音を立てて揺れるので、その音と揺れで大きさを確かめることが出来た。


かなり大きな余震が来て、うわ、これはかなり大きい・・・とオドオドしていると

やはり一人で立っていた心配そうにしている日本人女性の方がいて

顔を見た途端にお互いに日本人と分かり、駆け寄りあった。


きょう子さんといって、ずっと高校の先生をしてらした方だった。

アメリカに住んでいるお嬢さんご一家を訪問する予定だったのだそうだ。

きょう子さんと一緒に、「かなり揺れてますね」「怖いですね」と声を掛け合ってしばらく待つ。

また走って逃げる時にラクなように、きょう子さんの荷物を私のカートに乗せた。



みんなで食べるとおいしいね



しばらくすると、道なりに坂を下った下の方に避難して下さいと案内されて

ぞろぞろとみな下に歩き出した。



みんなで食べるとおいしいね



こんな道の辺りで多分、3時間くらい待ったんだと思う。

段々と日が落ちてきて寒くなってきた。


空港職員の人たちは、半袖の制服のままで両腕をさすってたりしたので

トランクの中から二つ上着を出して、近くのお姉さん達に渡した。


しばらくすると、空港側から、駐車場にある高速バスの中で待機して下さいと案内がある。

何時間も外にいて疲れていたし、これからお手洗いにも行きたくなるかもしれないし

外はかなり冷え込んできていたので、嬉しかった。



ちなみに、この道路で避難し始めた直後に父、母、姉、姉の旦那さん、弟と

全員をアドレスに入れて「大丈夫?私は成田にいたんだけど無事です」

とメールを入れて安否を確認する。

すぐにみんなから「こちらは大丈夫」とかの返事が来て安心した。


父からは返事が来なかったけど、確か福岡に用事があって行ってるはずなので

大丈夫だろうと予測していた。で、来た。しばらくしてから父の返事が。




「成田にいるのですか。またアメリカ旅行ですか。

お土産何がいいかなあ。いやお任せします。楽しみにしています」




・・・・・・




・・・・・・・・・






ヲイ、父ーーーっ!

娘の安否確認はどうしたーっ!!!






そりゃ、こちらから「大丈夫?」とメールを入れた時点で、

父にしたら娘の安否確認は終了しているんだろうけどさ。


でもなんかあるでしょ。

大丈夫?とかこちらは無事ですとかなんとかさ。

お土産以外にさ。


とりあえず、父にはサンディエゴのTシャツを買いました。涙