8月5日

少し飲みすぎたか、あまり食欲が無い朝。

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今日はタクの自由研究の資料収集に

松前城まで行く。

テーマは「松前城について」らしい。

そのついでといっては何だが、オレは先日からハマってる

古い道の駅のスタンプ帳の空欄埋めにいそしむことにする。

函館を出発し1時間ほどで木古内町にある道の駅

「みそぎの郷 きこない」に到着。


そこはJR木古内駅のすぐそばにあり、

小さな小さな木古内駅の裏には

巨大な北海道新幹線の駅が出来ていた。


そして次の道の駅「しりうち」では新幹線通過が見られる展望台へ登ろうとしたが、

先に登っていた見物客がぞろぞろと下りてきた。

たった今通過して行ったようだ。


そして「横綱の里ふくしま」でスタンプを押し、

11:00 松前町の道の駅「北前船 松前」に到着。


早速松前城へ

まずは松前城の北に位置する松前神社に行くと

ちょうど例大祭が行われており

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松前神楽の翁舞(おきなまい)を奉納しているところが見物できた。

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昨日の函館地方は22℃と寒いくらいに涼しかったが、

きょうは一変して30℃近くまで上昇。

気温差に疲れる。


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そしてあれに見えるは天守閣いざ。



天守閣の中は資料館になっており

興味をそそられるものばかりで画像を撮影し忘れていた。

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ただ天守閣3階から東方面の城下町だけは撮っていた。



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天守閣から出るとこの門を潜って外へ出てくるのだが、

この本丸御門は昭和24年に近くの役場の火事で火が飛んできて、

天守閣を全焼する大火災となったが奇跡的に助かった縁起のよい門なのである。


そして天守閣を見上げる。

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よく見ると土台には焼けた跡?

そして3発の砲弾跡が・・・


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この砲弾跡は明治元年榎本武揚を総大将とする徳川脱走軍が函館を占領し、

更に新撰組の副隊長であった土方歳三を隊長に7百人が松前に攻めてきたとき、

海の上からの砲撃で破壊されたものといわれている。

当時の主力艦、回天丸や春日丸より打たれたものといわれているが、

動画などはあるはずもなく、言い伝えの域を超えない。

しかし当時の大砲としては相当な偉力があったと予想される。

(一部北海道松前藩観光奉行より)



石垣にも松前城ならではの特徴がある

よく見ると

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これは六角形の形に加工した石を隙間無く積む亀甲積みで、

砲弾からのダメージの分散や、貧弱な土壌への対策、

また、美観にも考慮されて作られた石垣である。


タクも大体自由研究の資料を一通り集めたところで、

お次は城よりやや北側にある「松前藩屋敷」へ


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藩政時代の松前を再現したテーマパーク「松前藩屋敷」。

ここに再現された江戸時代の町並みは、全部で14棟ある。


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旅籠越後屋の帳場に座り従業員気分を味わう

ここ松前藩屋敷は自由に座敷に上がりこんで良い。

ただし展示品にはお手を触れぬようにだが・・・

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北海道開拓の村ではありえない光景だ。

タク、刀はやばいっしょ。

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もっとゆっくり見学していたかったが、

札幌までの遠距離運転を考えたらそうもいかない。

さっさと昼飯を食べて松前を出発せねば。



昼飯はそれぞれ意見が分かれたが

福山という地区にある三久本店で落ち着いた。


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オレはやっぱりラーメンになってしまう。

港町なので塩ラーメンかな?

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透明度が高く舌触りがまろやかなスープに

シンプルな具材(チャーシュー、メンマ、きくらげ、わかめ、長ネギ)がGOOD。

麺は函館系の中細ウエーブ麺で程よいコシ。


オレ的には結構好きな味。高評価出せる。


そして店を出て13:50を確認。

うわっやべ。日が暮れる~。


急いで次の道の駅「上の国もんじゅ」へ車を走らせる。

そして30分後に到着、スタンプゲット。

ハイ次!「道の駅江差」急げ~!


って時に右手に気になる屋敷が。


重要文化財「旧笹浪家住宅」


一度通過したが、もうしばらくは来られないと思い

Uターンしてしまった。


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ここも座敷に上がれる。

受付のお母さんがつめたい麦茶を出してくれた。

とても暑い日だったのでほんとに感謝。


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笹浪家は上ノ国で代々鰊(ニシン)漁などを営んできた旧家の一つ。

初代は享保年間に能登国笹波村(現石川県珠洲市)から松前に渡ったとされ、

後、上ノ国に移り住んだ。

代々久右衛門を襲名。

 旧笹浪家住宅は、19世紀の前期に五代目久右衛門が建てたといわれるもので、

笹浪家の古文書には安政4年(1857)に家の土台替え、

翌年には屋根の葺替えを行ったという記録がある。

(上ノ国町ホームページより)


冷たい麦茶ありがと~!

って、あ~もうこんな時間。

15:20だし。


このあとはひたすら安全運転

「道の駅江差」。

乙部町の道の駅「ルート元和台」。

厚沢部町の道の駅「あっさぶ」で

この旅最後のスタンプを押し、

一足先に帰っているツヨに「八時に帰えるコール」した。