眼科の診察が
終わろうとしていた時に
弟から
父の容態が急変して
危ない状況だと
連絡が来て
急いで
新幹線の予約を
変更して
福島へ戻りました
郡山駅で家族と合流して
会津へ
綺麗なら夕陽を
見ながら
心の中で
待っててね!と呟き
向かいました
私達全員が父の元へ
着いてから24時間後の
6月18日に
父は
90歳の生涯を閉じました
穏やかに
苦しむ事無く
眠る様な最期でした
24時間の
与えられた時間は
家族1人1人が
感謝の言葉を言ったり
父との思い出話をしたり
とても尊い時間でした
きっと
父の耳に
届いていたと思います
まばたきが無くなり
吐く呼吸が
出来なくなってきたときに
弟が
「婆さんは
俺が面倒見るから」と
声をかけたら
安心したかの様に
目を閉じました
人を喜ばせるのが
大好きだった父
亡くなった
翌日に
息子が
私達に
この鍵を見せて
これは
息子が小学生の頃
父が
「俺が死んだら
開けてくれ」と
息子に託した鍵でした
息子は
その約束を覚えていて
そして男同士の約束を
果たしてくれました
その鍵で開けた
キャビネットから出てきた
ものは
自分の退職記念に
職場の人に渡したふくさ
とか
家族全員で
カラオケをしたマイクとか
自分が大切にしていた
バッグ
なぜか?
百人一首のカルタ
一つ一つ見ても
私達には
よくわからない物ばかり
ただ
父の大切な想いが
詰まって居る物だとは
思えました
こんなサプライズも
父らしいです
大好きな孫達から
嬉しいメッセージも
もらって
最高だったと思います
父が
愛情を注いだ孫達は
頼もしい成人になり
その愛情を
大きな力に変えて
逞しく
人生を生きていくのでは
ないかと
感じました
本当に
感謝しかありません
先週の水曜日から
何がなんだか
わからない毎日でしたが
父の家族への
愛は
とても偉大だったと
痛感した日々でした

