昨日10月31日、中国の内部の問題を様々に浮き彫りにしてくれた上海万博がついに終わった。

いや、今日から上海万博「後」の世界が始まったのだ。



数年前から「北京オリンピック」、そして「上海万博」が終わったら・・・と囁かれていた。

この異常な中国の発達は、中国共産党の経済発展を目指した方針の正しさであったかもしれないが、

その原動力は中国の「安さ」、他国の「コピー」に他ならない。

日本の工場はその「安さ」を頼って、中国へと向上を移した。

デフレは加速し、もはや中国の安さを頼るしか方法はなかった。


しかし中国の「安さ」は、ただ人件費が安いからだけではない。

安全性を犠牲にした安さであり、

また別の面でいえば、安直なコピーの安さである。


上海万博のテーマソングも岡本なんとかさんの歌のコピーと言われ、

結局一度も演奏されることがなかったそうだ。



しかし中国は豊かさを手に入れた。

その豊かさを軍事力に転用したのはとても危険だが、

中国国民の多くが豊かになったことは、中国国民の目を開く可能性がある。

その一つがネットであり、もうひとつは、実際の日本やアメリカを見ることだ。


中国から日本に旅行に来た一部の中国人は感じるだろう。


本物と偽物の違いだ。

外見は同じように見えても、中身が違うビル群を。

政治や言論の自由を。

貧しい人の上に成り立っている一部の人の豊かさではないことを。


すべてが本物であること。


にわかに成金になって目が肥えれば肥えるほど、

本物がほしくなる。

すると、中国自身が偽物の国であることに愕然とするはずだ。

超大国になったといっても、その政治すら偽物であることを知るだろう。

自分は中国共産党により特別な権利を手に入れた。

しかし、それは多くの国民を踏み台にしていたことを。


言論の自由がないことは、当り前だった。

だって、この素晴らしい中国共産党を倒すだなんてありえない。

中国共産党があるから今の自分があるんだということを。

すべては日本が悪い。

そう教えられてきたはずだ。


しかし、その政治すら偽物であったことを。



日本人も、恥もなく偽物のルイビトンのバックを持ち歩いていた時代があった。

おそらくそれは、日本中が浮かれたバブルの全盛期だっただろう。

だがすぐに、本物と偽物の違いを知り、著作権を守り、

偽物をもつことを「恥」と感じるようになった。



先日、女性お笑い芸人が、中国のパチモンをさがして、

これはいけないのではないか、と指摘する番組を見た。(たしか再放送?)

中国人は取材を拒否し、知らぬ存ぜぬで逃げていた。


つまりは「恥」であることは本人も自覚しているのだ。

日本は「国が」偽物を規制した。

しかし、中国は本気で偽物を規制するつもりはないようだ。

逆に「偽物だ」という声を規制することはあるだろうが。



しかし、中国の経済は陰りをみせるはずである。

「偽物」は「本物」に駆逐されるのだ。

内部にドグマのように「自分の国を本物にしたい」という熱がたまるだろう。



中国共産党は、その熱を別の方向に必死にむけるはずだ。


「日本が悪いのだ」

「アメリカが悪いのだ」


「中国こそ世界一の国になるのだ。」





はたして、中国の内部からそのドグマが噴き出てしまうか。

それとも、その熱を封じ込めるため、敵をつくり、更なる言論統制をするか。




おそらく中国共産党は後者を目指すだろう。(当たり前だけど)



しばらくの仮想敵国は「日本」だ。

いや「仮想」ではない。

敵国は「日本」だ。



やっつけるにはちょうどいい歴史と軍備だ。

まずは日本とアメリカの関係を断てばいい。

いまの政府なら簡単だ。


まずは沖縄県知事選挙でアメリカを追い出せばいい。

おっと、そうかどっちにころんでも、米軍県外へ論者だった。

もう成功したも同然だ。


こんな簡単な話はない。



日本政府が中国に反抗したら、中国工場で働く日本人を数人つかまえればいい。

容疑を作るのなんか、簡単だ。

もしユニクロのようにカントリーリスクといって工場をなげだしても、機械と技術とノウハウは残る。

中国は丸儲けだ。






中国の上海万博「後」の戦略はすでに設置できている。

万博後は世界の世論を気にしなくても問題ない。


あとは実行すればいい。
























ヒョエ~~~~~。