Sacred Heart Collegeという高校へ入学。

一番最初にしたのは科目の選び。

韓国の場合、理系と文系で科目が

分かれていたけど日本はどうなんだろう?

ニュージーランドではある程度は

科目を選ぶ事が出来た。

いくつを選んだかは

明確に覚えていないけど

その頃にも日本の文化に興味を

持っていたのでまず日本語を選択、

そして必須だった数学、経済、

ESOL (外国人の為の英語科目)、

最後は単純に面白そうだった

アートとグラフィックを選択。

(この二つの選択が僕の今につながるとは・・・)

この時点までは特に夢なんて持っていなかった。



選択した科目を学び始めて数ヶ月がたち、

成績を見てみると、アートと

語学科目の成績が悪くない。

他の科目の成績が悪すぎて ↑ が

いいように思えたかもしれない(笑)

その頃に担任先生にアートの方で

進路を決めるよう言われたこともあった。

僕に出来ることは美術関係なんだろう

なって思い始めて他の勉強には

ルーズになり始めた。

その時の数学の成績は最低最悪。

ニュージーランドの場合、アジアの国とは

大きく変わったところがあって、

数学や科学の時間に計算機を

使うことが許されていた。

試験中にも使えたのだ。。。

それにも関わらず僕の数学と

科学の成績が最低だった。

理系オンチ・・・・・

僕が数学を楽しんだのは掛算と

割算を学ぶ頃までだったかも。。



アーティストになるぜ!




ニュージーランドに着いてから

一週間くらいがたってホームステイ先から

近いところにある語学学校に入学した。

はっきりは覚えていないけどクラスは殆ど

アジア人だったような・・・

ネイティブな英語が喋れるようになりたくて

韓国人と仲良くする時間があったらその代わりに

他国の人と話をしたり英語で独り言を言ってみたり

考え事も英語にしてみたりした。

他には聞き取れない英語のラジオをずっと聞いたり

英語のイントネーション感覚を覚える為、

正体不明の単語単語をつなげて言ってみたり

頭おかしい子には思われない範囲内で頑張ってた。


自分なりのポリシーで頑張ったおかげで

入学して6ヶ月後には専門用語でなければ

問題なく話が理解出来るようになっていた。

そして予定とした6ヶ月の語学学校の生活が

終わって高校へ移ることになった。

高校を選ぶ事が出来たけど

時期的な事情で選択肢は少なかった。

僕は生まれた時からカトリックが宗教なので

親の意見も反映してカトリックの

男子学校に行く事を決めた。

ちょっとあんた真面目すぎって

そのころよく言われた。


現地の高校レベル英語は語学学校の

レベルとはまるで違かった。

授業の内容、半分くらいしか理解出来なかった。

人から聞いた話があって少し予想はしていたけど

ここまでだったとは・・・

大変な高校生活の幕開けだった。




2001年の1月、僕は15才、

ニュージーランドへの留学の為、韓国を出発。

それは初海外でもあり初飛行機だった。

留学を決めて出発するまでは楽しみの気持ちだけで

いっぱいだったけど空港について家族と別れの挨拶を

する時には今まで感じた事のない悲しさを経験した。

僕、大丈夫かな・・・?


自分の人生について真剣に考えるように

なったのはその時からかもしれない。

長い待ち時間が過ぎてやっと初飛行機に搭乗。

間もなくして飛行機は動きだした。

優しい進み具合に油断したせいか、離陸する

直前の早さと爆音に驚かされしばらく息が出来なかった

僕、飛行機歴結構長いですよ~のオーラーが

完全に消えた瞬間だった。

5分くらいしたら体もなれてきて

周りを見る余裕も出来始めた。

その時からは順調だったけど

狭い空間の中で眠る事は出来なかった。

飛行機に乗って8時間、飛行機は着陸をしようとしていた。

予定した時間より大分早い。。

そして着陸地はFiji Nadiって書いてある・・・よ?

背中に汗をかき始めた。

そして飛行機はFijiに着陸。

大パニックの中、とにかく

皆について飛行機から降りた。

Fijiを経由してニュージーランドに

向かう便だとその時に知った。

まだ安心は出来ず、一人のおばさんの後ろを

追っかけ回って迷子にならないよう必死だった;



色々あってやっとオークランド空港に着いた。

そこには留学センターの人が僕を迎えに来てくれた。

僕をホームステイ先まで送ってくれるそうだ。

ホームステイ先に向かってる車の中で

今でも忘れられないひどい事をそいつに言われた。

「どうしてニュージーランドなんかに来たの?

ここへ来ていいこと無いのにぃーアメリカとかの

方がよかったんじゃないの~?」

・・・・・・・・

この国へ夢を持って来た若い学生に普通そいう事言うかね?

韓国を出発してからついてない一日が続いた。

やっとそいつとはバイバイしてホームステイ先へ到着。

キウィの家庭だった。

いい感じの人々で親切に家の中を案内してくれたけど

何を言っているかぜんぜん理解出来なかった。

今もし会うことが出来たらその時は

そんなこともあったんだね~ははは

って流暢に会話をしてみたいけどお互い顔を覚えていない。。。



それから部屋まで案内してもらってやっと一人になれた。

ものすごいホームシックを感じ始めて

家に帰りたくなって仕方がなかった。



10年も前の一日の出来事だが

印象に残り過ぎて今でもはっきり覚えている。