四月の終わり。
旦那の知り合いのご夫婦から連絡がありました。
そのご夫婦も死産を経験されたらしく、連絡があった日は火葬まで終わって家に帰ってきたけどぽっかり穴があいたみたいでどうしたらいいか分からない。と‥
私達も死産だったと云うのを聞いたらしく、会って話がしたいとの連絡だったので翌日会いにいきました。
会った事はあるご夫婦。
すごく明るい2人。
どんな状況にあるのか想像が出来なかった。
私自身、一ヶ月が過ぎようとしている中、泣き過ぎて涙はもう枯れた様になってる。けど、死産後知り合いに、会う勇気なくここまできた。
駅まで迎えにきてくれた旦那さんはまだ現実と心が追いついていないと言っていた。
そらそうだよね‥
私だって今でも長い夢を見ている様だもん。
会って話をしていると、私とほぼ同じ七ヶ月半。その赤ちゃんは死産になる三週間程前の検診で胎児水腫が見つかり、子宮内で死亡するか、無事に産まれたとしても障害が残ると言われたそう。
でも既に22週を超えているので中絶の選択肢はなく、死産か障害をもち産まれ短命の生涯‥2人とも絶望感に襲われたと言っていました。
それから約三週間。
母体に浮腫みや炎症の症状が出始め、入院となったところ、赤ちゃんも子宮内死亡していたと。
凜夏と4日程しか変わらない赤ちゃんは身長はほぼ同じなのに体重は浮腫みで300g程の差がありました。
お骨と一緒に飾ってあった親子三人の写真はとても微笑ましいものでした。
とっても可愛いかった。
離したくなかった。って言っていたその子からは赤ちゃんに対する沢山の愛情を感じました。
お互い、同じ時期での死産。
あと100日程で元気に産まれてくる我が子を楽しみにし過ぎていただけの想いは話していると共感できるところが沢山ありました。
死産後、身内以外にこんなにも話しをするのははじめてでした。
泣きそうになる事もちょくちょくあったけど、考えていた事を口にして話すと少しスッキリしました。
前進への一歩。
お互い、元気な我が子を産んであげる事が一番の供養だねっていってさよならしました。
小さな命が教えてくれたこと‥希望。
iPhoneからの投稿
