今日の仙台は しっとりとした雨霧

5月中は ずっと爽やかな風、暖かい太陽、柔らかく眩しい光をたっぷり浴びて、一年で一番美しい仙台を楽しめましたが、もうそろそろ南東北も梅雨入りのようです。

西日本の皆様には 台風の大きな被害もあったようで、穏やかな季節はあっという間に過ぎていきますね。


さて…先週は自分の非効率なスケジューリングのおかげで毎日長距離移動、深夜帰宅で 今日の日曜日は寝貯めするぞーと心に決めていましたサイコロ、干物ですにひひ


先週火曜日は震災以降2度目の石巻、女川から、いまだ避難所生活をしていらしゃっる雄勝町のお取引先を訪ねました。

東松島~石巻の街中は片づけも進み、一見普通の生活を取り戻しているようですが、暖かくなってきて悪臭や、瓦礫からの埃が酷く健康への影響が心配です。



サイコロ@仙台  脳内お散歩ブログ


上の写真は女川。(今日の写真もどれもいまいちです。車をゆっくり止めて写真を撮るなんて やっぱり気が引けて…)


以前の姿は見る影もなく、道を走っていても 以前は見えなかった向こうの建物が、残骸となって残っているだけ。お取引先のあったあたりは いったいどこなのか…

女川の瓦礫の間を抜け、牡鹿半島への山道を行こうとすると、がけ崩れの危険があるとされ、指示されている旧道に入る。

この道が、雄勝の方の生活を支える立った一本の道路なの?? というくらい険しく急な坂道。途中何度も対向車のすれ違いに止まりながら 小一時間。

目印も 信号も 建物もすっかり瓦礫になった雄勝町にたどり着く。



サイコロ@仙台  脳内お散歩ブログ

サイコロ@仙台  脳内お散歩ブログ


この写真の道路に行きつくまでに いまだにバスだの船だのが乗っかったまんまの建物が点在。


お取引先というのは美容室のご経営者。お店があったあたりを覗くと、鏡一枚残らずさっぱりすべてが流されていた。

ご自宅は崩落した堤防のすぐ近く。集落の中で一番高台にある一件の住宅を避難所にして、今はそこで10名ほどで共同生活をされている。


そのお宅は海抜15~20メートルはあるのだが、津波が襲った当時、建物の一階部分が浸水し、車も水没。その日は、水が引いて夜を迎え、窓枠やこたつの上に新聞紙を敷いて30人ほどが 座って一晩を明かしたそうだ。

停電の中、夜中あちこちから「助けて~ 助けて~」という声が聞こえてきて、「大丈夫か~?」と 声をかけるしかなかったという。


ここに電気が戻ったのは4月末、水が出たのは5月の連休中のこと。それまではみんなで水を汲んだり、トイレを作ったりの状態だったそうだ。

2か月間以上もの他人との共同生活。誰もがほとんどプライベートのない生活を送っている。

しっかりとした大人の精神状態と 「譲り合い」がなければ できないことだと思う。

そうでなければ どんなトラブルが起こっても不思議ではないもの。


流された家の地域は同じところには2年間は建物は作られないと決まったそうだ。高台に仮設住宅を作り、その中に商店や金融機関もつくり、「復興地域」にする計画で、みなさん、やっと仮設住宅の申し込みをしだしたものの 抽選に当たらなければ またプライベートすらない生活が続く。

夜9時になれば寝る生活にも慣れたわ~ と笑っていたけれど、この二か月半 安心してゆっくり眠れた日なんて きっと一日たりとも無かっただろう。


避難所に小さな男の子が一人いて、その無垢な元気さが 大人たちをホッとさせてくれていることに感謝した。


夕方、また険しい山道を女川まで戻る。


夜7時、石巻の街中は明かりも少なく ひっそりしていて、かつての港町の賑わいは無い。

電気が戻り、水が出る生活は必須だけれども、安心できて 幸せを楽しめる生活にはいつ戻れるのか。そう考えると襲ってくるのは無力感だけ。


でも 「それでも今ここで生きている」人たちと ただ話をし、寄り添うことが 今の私の役割なのかもしれない。