私は最近みた煽り運転のうち、2件を非常に注目している
1件目はJAFの職員が踏切を出たところで停止し、後ろの車を踏切内で停止させ電車と衝突させた事件。
2件目はサービスエリアで働く男がささいなことから相手を車で引きずり、殺しかねないほどにいためつけた事件
煽り運転をする人は、もともと粗暴な人間とは限らない。普段はおとなしく、人当たりもよいのに、ハンドルを握ると突然豹変することがある。
その背景には、日頃から社会への不満やストレスを抱えていることがあるのではないか。しかも、単なる短気ではなく、正義感が強く、他人のルール違反やマナー違反を許せず、「自分が注意しなければならない」と考える。こうした人の中には、単純に攻撃的な人間というより、むしろ「正義感が強い」人もいるように思える。他人のマナー違反やルール違反、不正や「悪いこと」を許すことができず、「なぜあんなことをするのか」「誰かが注意しなければならない」と考える。そして、自分が相手をとがめることを「正しいことをしている」と思い込んだ瞬間、蓄積していた不満が一気に噴き出す。
もちろん、煽り運転は厳しく処罰されるべきだと思う。故意に他人の生命を危険にさらす行為なのだから、強い抑止力が必要であり、場合によっては免許の一生永久取消しまで検討してよいのではないか。
しかし、厳罰だけでは根本的な解決にはならない。煽り運転をなくすためには、「なぜそこまで他人を攻撃するのか」というところまで考える必要がある。
「失うものは何もない」という言葉から見えてくるのは、社会からの孤立ではないだろうか。自分を認めてくれる人も、守りたいものもなく、社会とのつながりを失ったとき、人は何を恐れ、何を失うことを避けようとするのか。
煽り運転の問題は、単なる交通マナーの問題ではなく、社会から孤立した人間が抱える怒りや疎外感の問題として考える必要があるのではないだろうか。


