死ぬかと思ったin銭湯
学生の頃、ぼくは「風呂なし」「共同トイレ」「共同炊事場」「6畳一間」で、家賃月7,000円のところに住んでいた。
そこは凄まじい環境で、昭和9年に建築された途轍もない寮で、1Fから2Fまでの階段は人が歩きすぎて中央が凹んでおり、見たことも無い虫を見たり、心霊写真が撮れたりなど、あの寮についての伝説は本当に数知れず有った。
その寮での生活は基本的には自炊をしており、ご飯は部屋でカセットコンロで作るなりして何とかしていたが、風呂には近所の銭湯に逝っていた。
銭湯のばあちゃんはとても親切で、良く店のアイスやコーヒー牛乳、たまにたこ焼きをくれたり、昔話をしてくれたりなど、とても良くしてくれていた。
しかしながら、そこはどうも893屋さんの事務所近くだったらしく、いつも脱いだ方が派手な人たちの横で風呂に入ることもよくあった。
正直アロハシャツ着て風呂に入っているかと思った。
ある時など、ぼく以外全員綺麗な背中をしている時もあった。
サウナで、「いや~あの彫師の先生にお願いすると鯉がまるで生きてますわ!」などと熱弁を振るう場面にはよく遭遇し、自分の知らない世界の事情を見聞きし、見聞を広げることができた。
怖いけど。
でもまあ、普段は普通に礼儀正しいいい人たちで、ちょっかい出したり、粗相さえしなければ普通のお客さんと一緒なんだなあと思っていた。
ある時、ぼくは何の気なしに風呂を上がり、ロッカーを開け、中から服を入れていた籠を取り出した。
そしていい気分のまま、横で服を脱いでこれからお風呂に入ろうかという、背中に立派なものを背負っておられる方のとなりで頭を拭いていた。
帰ってご飯何作ろうかな?あ、でも素麺しかないしな、今日は炒めてみるか?とアホみたいな顔しながら考えていた瞬間、「ガン!!」という鈍い音が聞こえた。
いやな予感がしながら下を見ると、先ほど横で服を脱いでいた人がうずくまっている。
うん。間違いない。
ぼくがロッカーを半開きにしていたところに、頭をぶつけてしまったらしい。
ありえないほど血の気が引いた。
風呂上りなのに寒気がした。
僕の人生はここまでだ・・・
ありがとうみんな・・・
ぼくは河にコンクリ詰めで流されるかもしれないけどお元気で・・・
あ、あのエロ本棄ててないや・・・
見られたら死ぬに死ねないな・・・
死ぬ前にあれだけ処分させてくれないかな・・・
一瞬のうちにそんなことが走馬灯のように駆け巡り、口からエクトプラズムが放出しているぼくは、死にそうな顔で、
「だ・だ・だ・大丈夫ですか?」と弱々しく聞くぼくを無視して、その人は「いてー」と言いながら風呂に入って逝った。
彼こそは漢の中の漢だと思った。
っていうか命拾いした。
うん。
本当に死ぬかと思った。
銭湯を出た時の外の風は心地よく頬を撫で、ぼくは生きている今を感謝した。
生きているって素晴らしい。