おことわり
本記事は批判的スタンスで論じていますが、感情的にではなく実証的に、理性的に氏の性質を考察するものであり、万が一にも誹謗中傷を目的としたものではありませんしそうならないように気を遣って筆を執っています。
当然賛否両論ある内容ですので、一私見としてご理解頂ければ幸いです。
また、かなりボリュームのあるレポートになってしまったので最後に200字要約をつけておきます。趣旨だけ知りたい方はそちらだけを見ても構いません。
序論
駿台予備学校には須藤公博(以下、氏とする)という日本史科の講師が在籍している。氏は30年近くにわたる予備校講師としてのキャリアを持ち、高校生クラスから既卒生のクラスまで幅広く担当している。加えて季節講習でも朝から晩まで一日中講座を持つ等、ほかの講師と比較しても多忙なのが氏の特徴と言えよう(1)。
しかし、氏の特徴的な指導方法から肯定的否定的意見が多数入り交じるのも事実だ。先行研究(2)によると、油断せぬよう決められたルールのもとで寸劇や小道具等を利用した視覚的手法で学生の理解を助け、早慶といった難関私大の難問にも対応できるよう細かい知識も提示するというのが肯定的意見として挙げられる一方、理不尽な説教や尊大な態度、膨大すぎる教授内容、つまり「アクが強い」事を否定的意見として挙げることもできる。
本稿は否定的意見として頻繁に挙げられる「アクの強さ」を実証的に説明することが目的である。加えて、現在進行形で氏に対し嫌悪感ないし不快感を感じている学友で、授業を切る以上の行動を取りたい人の参考になる事も目的である。なお、昨今の新型コロナウィルス流行によってお茶飲みwiki記載の史料唱和は行われていないため、それについては触れないこととする。
第一章 授業・指導法の特徴
第一節 情報過多
氏はオリジナルの授業プリントを各セクションごとに2部配布する。片方は授業中に書き込みをさせ、もう片方は復習用として持たせる。その復習用の方は提出を求められるが前期に一度だけ提出した後は一度も求めれられていない。
氏の授業(プリント)の特徴としては先行研究(お茶飲みwiki)(3)でも述べられている通り、情報量の多さが挙げられる。
プリント内容を一部引用して説明する。『Section01 中央集権国家の成立』では、『(1867.12.9)王政復古の大号令』と書かれている。これは山川出版社『詳説日本史B改訂版』p259本文に記載があり、基本事項とも言えよう。しかし、氏のプリント中央部分には『(1868.3.14)江戸開城の決定』と書かれており、加えて氏は授業中にそれを強調して絶対覚えるよう指導している。
もっとも、氏もプロであるから何の考えも無しに指導している訳ではない。授業中には「3月14日は江戸開城決定と同時に五箇条の御誓文が決められており、この2つは同じ日だ」ということを得意げにこれでもかというほど氏は強調した。
受験日本史学習者ならば、これはあまり特筆に値する事項ではないことはわかって頂けると思う。上述の大号令はともかく、一般論として例の2事項の日付は問われない。仮に問われたとしてもそれは見切りをつける難問悪問奇問の類である。これを覚える前に覚えるべき事は山程あり、それは難問対策で軽視すべき知識である事を氏は提示するべきではないのか。闇雲にしたり顔で強調するだけでは学生の利益にならない。
第二節 回りくどい学生参加型授業
学生を参加させて行う寸劇が時折行われる。以下具体例を通して説明する。
明治日本の徴兵制の授業でその意義を説明した時、女子学生を教壇に呼び出し「○○さん、踊ってください!」と言った。比較的真剣な顔で言われた為か、その女子学生は自席に戻ろうとした。しかし氏は止め、呼び戻す。どうしていいかわからず困惑する女子生徒はしばし眺めた後、氏は解説に戻った。
これは「素人(=庶民)にダンスを教えて踊らせるのとAKBメンバー(士族)を呼んで踊らせるのはどっちが安上がりか(つまり前者であるから徴兵制が採用された)」という事を教授するための場面だが明らかに回りくどい。参加型授業で覚えやすくする氏の姿勢を評価する向きもあるあるかもしれない。しかしわざわざ学生を困惑させてまでやる事なのか。困惑しなかったとしてもやり方が過剰である。これでは「やり手人気講師」感を演出したり他講師との差別化に走るあまり迷走してしまったと受け取られても仕方がないだろう。
第二章 権威主義的姿勢
氏の権威的姿勢は以下の事実から伺える。箇条書きになるので文章としての体裁は崩れるが容赦願いたい。
① 右手にシャーペン左手に色ペンを持たせる
② 雑談における卒業生から慕われているアピール
③ 現在の受講生からも慕われているアピール
④ 元日完結講座でのチラシ
⑤ 自分はプロだからオレの言うことを聞け
⑥ 本番で最大の成果が出せるよう厳しく指導するのは当然
⑦ ⑥としての人格否定
① 右手にシャーペン左手に色ペンを持たせる
氏は「プロの言うことに従うのが一番の近道であり、それに基づいた集中力を切らさないためのルール」であることを根拠に学生に課している。冷静に考えれば指摘すべき点が見つかる。すなわち、「プロの言うルール」としてのペン両手持ち強制は根本的に合理性はあるのかという問いである。
氏は集中する為にペンの両手持ちを強制するが、ペンを両手で持ったところで集中力が上がるわけでもないし、また"普段どおり"の持ち方でも集中できるはずなのは言うまでもない。仮に授業に臨む為の「スイッチ」を提供しているのだとしたら履き違えも甚だしい。それは各学生個人が個々に設定するものであって画一的に強制したところで効果は見込めない上定着も限定的だろう。
さらに一般論として、氏のような指導法は極めて特殊である。そのような指導をしなくとも突出した指導実績を出している予備校講師はいくらでもいる。それを踏まえれば選択肢として提示するだけならまだしも「プロの指導法」としてそのルールを押し付けることに合理性は無い。
②,③ 慕われているアピール
自らが人気講師であり、頼りになる事のアピールであると考えられる。氏がいくら自己アピールした所で限界がある。そこで「(都合よく選ばれた)お客様の意見/後日談」をひけらかす事で自分に対する評価の向上を狙っているものと思われる。なお、②,③が行われるタイミングは完全に雑談であって授業内容は関係ない。
自分スゴいアピールも頻出だ。氏が独自に作成する『入試問題分析シート』には「○○(氏のオリジナル講座)を受講した受験生は極めて有利であった」という言い回しが頻繁に出る。無論入試問題をどう解釈(≒自身担当の講座で扱った内容と的中したと言えるかの判定)するかは氏の匙加減であり、他講師の他講座でも入試頻出の内容は扱う。
④ 元日完結講座でのチラシ
以下に内容を要約する。
『参加してくれてありがとう!オリジナルTシャツを着て、ハチマキ着けて、須藤入場時には拍手!笑って授業を受けよう!』
現代ビジネスというサイトに掲載された『私が大学で「ナチスを体験する」授業を続ける理由』という記事がある。そこにはファシズムの特徴として「全員による拍手喝采、満場一致で指導者を承認する」「参加者全員に共通する制服の存在が一体感を高める」というのが挙げらている(4)。上述のチラシから何が言えるのかはもう言明する必要もないだろう。
もちろんこれらだけではファシズムという概念に氏が当てはまるとは言えない。記事から引用した部分はあくまでファシズムの一側面であり、その論を突き詰めても堂々巡りになってしまう。重要なのは、私がこれらを引用するに足る事を氏がしていることである。
⑤ 自分は「プロ」だからオレの言うことを聞け
①でも述べた通り、極めて特殊な指導法は一般論になり得ず、また一般に有効とされている勉強法も受験生に周く有効であるとは限らない。同じ結論にはなるが、特殊なやり方を全学生に強制するのは合理的ではない。氏が授業を切った(今後出席しないことにした)生徒の事を授業で貶したり皮肉ったりしたのをこの目で見ている。
氏の勉強法の「お試し期間」は必要だろうが、採用するか否かの選択権は学生側にある。それを無視し、蹂躙する権限は氏にはない。この考え方は自分のやり方に拘泥するという事とは異なる。プロのやり方(勉強法)は複数ある故他に自分に合ったプロのやり方を採用するべきであり、そしてその選択を許さない氏のやり方が問題なのである。
⑥ 本番で最大の成果が出せるよう厳しく指導するのは当然
氏の言うことは正論である。120を目指せば100は確実にクリアできるという論理に基づくこの言説は正しい。
では問題は何か。これを口実にして権威主義的態度、俗に言うパワハラセクハラ言動を正当化していることである。学生の為を思ってこのような指導をしているとしたら倒錯した正義感もいいところだ。
繰り返しにはなるが、試用期間を経た後の勉強法選択権は学生側にあり、その後の指導で推奨する事はあっても強制する事に正当性はなく、また間違っても
⑦ 尊大な態度で人格否定
が許される理由にはならない。氏の意に沿わない常識上問題のない行動(普通にペンを持ったりノックする等)をしただけで人格否定をするのは客観的に見ても間違った指導法である。
例えばこのような言動を見た。
「ペン両手で持て。日本語わかります?大丈夫だよね。言われた事を言われた通りにやれないから浪人したんだから。」
上述の内容と被る部分が多くなるが、「言われた事」に合理性は無いし、入試は日本史では決まらない上「言われたこと」が合わない人は必然的にいる。
ちなみに「お前はダメだから浪人した」ということを氏は叱責する際に頻繁に話す。これは明白な人格否定であり、教育に携わる者として許される発言ではない。
第三章 展望と対策
氏は氏なりの「正解と論理」というのに基づいて学生を指導している。さらに言えば氏は2021年度で50歳だ。人間この年齢に達すると簡単には主義主張は変わらず、変えることも出来なくなるだろう。換言すれば本人側からの更生は期待出来ないということだ。
では氏の授業に当たり、不快感や嫌悪感を感じた場合我々はどう対応するべきなのか。
第一章で述べた内容は比較的個人の好みに拠る部分が大きい為ここでは取り上げない。主に第二章で述べた部分についての対策を以下に挙げる。ちなみにパワハラ行為は上述の通りだが、権威主義的態度という方向性からずれることを理由にセクハラ発言は取り上げ無かった。そのような行為があったのは事実ではあるが、これは私がここで論じるまでもなく不法行為であり、私が見聞きした内容を付録として載せる事に留める。
私が第二章で述べた内容で氏に対し何か行動を起こそうと思ってもハードルは高いだろう。何故なら「講師と生徒」という埋めがたい立場の差があるからだ。授業中に抗議しようものならその場で教務を呼ばれて追い出され、講師室で文句を言いに行っても「(氏本人が思う形で)論破」される公算が大きい。そもそも、そこまでの事を実際に行動へ移せる人自体少ないだろう。
直接的な抗議が難しいなら間接的に抗議すれば良い。教務に相談する事を推奨する。具体的には予め話す内容(①どこが問題/イヤか②何故か③求める対応)を明確にし、メモ等で言語化し言いたい事を整理した上で教務等(担任/クラスリーダー)と面談するのが良い。私はそれに加えて該当箇所の映像(2021年度は自宅視聴できるよう配信されていた)を見せ、校舎長とも話をした。駿台の対応については、詳細は伏せるが私が不利益を被らないようにして頂いた。
氏の授業を受けないことによる学習面での不利益が心配なら市販の口語ベース講義参考書で補完できる。何度も言うようだが氏の勉強法と指導内容が絶対ではない。漠然とした不安を過度に気にする必要はないと私は考える。
結び
予備校というのは特殊な環境である。営利目的の学習塾という側面と、学校法人としての学校という側面を両方併せ持つ場だ。「成績を上げにここへ来ている」という人が圧倒的多数である故に我慢し、感情を抑圧し、場合によっては泣き寝入りする生徒学生が一定数いる事は想像に難くない。また氏がそれなりの評価を得て、講習や特設単科で集客出来ているいるのも事実である。30年弱講師としての経験を積んでいるだけあって、氏の方針に共感する学生はそれなりに多いようだ。しかし一義的には批判される点も多い。理不尽なルールを押し付けたり恐怖で思考を萎縮させたり「お前のためを思っているんだ」という姿勢をとったり、といった具合である。そしてそれらは排除されるべきであるのも本稿で明らかにした。序論でも述べた通りこのレポートは授業切り以上の行動をしたい、又氏への反感を持っているが上手く言語化できない(所謂モヤモヤ)人への一助になる事が目的であるから、「イヤなら受けなければ良い」という次元での論ではない事は申し添えておく。本稿を見た受験生が不当な環境下に置かれることなく、無事希望する進路へ進めるよう切に願う。
注
(1)お茶飲みwiki『須藤公博』のページより、「担当講座 夏期講座」の項目を参照のこと。情報がやや古いが2021年度現在と大差は無い。 最終閲覧日:2022/03/10
(2)お茶飲みwiki『須藤公博』
https://pchira.wicurio.com/index.php?%E9%A0%88%E8%97%A4%E5%85%AC%E5%8D%9A
最終閲覧日:2022/03/10
(3)同上
https://pchira.wicurio.com/index.php?%E9%A0%88%E8%97%A4%E5%85%AC%E5%8D%9A
最終閲覧日:2022/03/10
(4)田野大輔『私が大学で「ナチスを体験する」授業を続ける理由』
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56393
最終閲覧日:2022/03/10
<付録1> 氏のセクハラ発言
「え~、どうしましょうかね。じゃあ例えばさ、夏期講習1日目は女子は全員ブルマ!w 知ってる?ブルマって(女子に話しかける) いいっすねぇ↑、ピタっと張り付いて笑 2日目はやっぱスク水でしょ。名札着けてこいよみたいにww 3日目ビキニ笑 4日目どうすっかって聞いたら「貝殻」って、えーそれどの貝だよって「しじみ」wwww オメーそれはいくらなんでも可哀想だろォーよwww隠れねぇよせめてホタテぐらいがいいんじゃね?ww 」
(解説)
支配者層が男性だけであることの問題点を教える文脈だが明らかにアウト。
「○○さん(女子)、新しいマンション手に入ったら、一緒に住もうね笑 ......そういうのは言うなって、学校(駿台)から怒られてるんで、コレはちょっとナイショでね、お願いしますよっと。え~続けて行きたい↓」
(解説)
特に文脈は無し。私以外にも教務に抗議した人が居たため当局から何かしらの注意が入ったものと思われる。やはり無駄では無かったようだ。
<付録2> 要約
駿台の日本史科講師である須藤公博という講師は長年の経験と独自の指導法で一定の地位と評価を得ているが、それらには批判されるべき点が多い。細かすぎる授業内容はともかく、権威主義的態度やセクハラ発言は排除されるべきである。氏は氏個人なりの論理に基づいているがそれを他人に押し付ける道理は無い。それらに対し、我々は本人に直接抗議するのでは無く柔軟に対応した前例のある教務課に助力と対応を求めるべきである。(198字)