おことわり

 

本記事は批判的スタンスで論じていますが、感情的にではなく実証的に、理性的に氏の性質を考察するものであり、万が一にも誹謗中傷を目的としたものではありませんしそうならないように気を遣って筆を執っています。

当然賛否両論ある内容ですので、一私見としてご理解頂ければ幸いです。

また、かなりボリュームのあるレポートになってしまったので最後に200字要約をつけておきます。趣旨だけ知りたい方はそちらだけを見ても構いません。

 

 

  序論

 

  駿台予備学校には須藤公博(以下、氏とする)という日本史科の講師が在籍している。氏は30年近くにわたる予備校講師としてのキャリアを持ち、高校生クラスから既卒生のクラスまで幅広く担当している。加えて季節講習でも朝から晩まで一日中講座を持つ等、ほかの講師と比較しても多忙なのが氏の特徴と言えよう(1)。

 しかし、氏の特徴的な指導方法から肯定的否定的意見が多数入り交じるのも事実だ。先行研究(2)によると、油断せぬよう決められたルールのもとで寸劇や小道具等を利用した視覚的手法で学生の理解を助け、早慶といった難関私大の難問にも対応できるよう細かい知識も提示するというのが肯定的意見として挙げられる一方、理不尽な説教や尊大な態度、膨大すぎる教授内容、つまり「アクが強い」事を否定的意見として挙げることもできる。

 本稿は否定的意見として頻繁に挙げられる「アクの強さ」を実証的に説明することが目的である。加えて、現在進行形で氏に対し嫌悪感ないし不快感を感じている学友で、授業を切る以上の行動を取りたい人の参考になる事も目的である。なお、昨今の新型コロナウィルス流行によってお茶飲みwiki記載の史料唱和は行われていないため、それについては触れないこととする。

 

 

  第一章 授業・指導法の特徴

 

 第一節 情報過多

 氏はオリジナルの授業プリントを各セクションごとに2部配布する。片方は授業中に書き込みをさせ、もう片方は復習用として持たせる。その復習用の方は提出を求められるが前期に一度だけ提出した後は一度も求めれられていない。

 氏の授業(プリント)の特徴としては先行研究(お茶飲みwiki)(3)でも述べられている通り、情報量の多さが挙げられる。

 プリント内容を一部引用して説明する。『Section01 中央集権国家の成立』では、『(1867.12.9)王政復古の大号令』と書かれている。これは山川出版社『詳説日本史B改訂版』p259本文に記載があり、基本事項とも言えよう。しかし、氏のプリント中央部分には『(1868.3.14)江戸開城の決定』と書かれており、加えて氏は授業中にそれを強調して絶対覚えるよう指導している。

 もっとも、氏もプロであるから何の考えも無しに指導している訳ではない。授業中には「3月14日は江戸開城決定と同時に五箇条の御誓文が決められており、この2つは同じ日だ」ということを得意げにこれでもかというほど氏は強調した。

 受験日本史学習者ならば、これはあまり特筆に値する事項ではないことはわかって頂けると思う。上述の大号令はともかく、一般論として例の2事項の日付は問われない。仮に問われたとしてもそれは見切りをつける難問悪問奇問の類である。これを覚える前に覚えるべき事は山程あり、それは難問対策で軽視すべき知識である事を氏は提示するべきではないのか。闇雲にしたり顔で強調するだけでは学生の利益にならない。

 

 第二節 回りくどい学生参加型授業

 学生を参加させて行う寸劇が時折行われる。以下具体例を通して説明する。

 明治日本の徴兵制の授業でその意義を説明した時、女子学生を教壇に呼び出し「○○さん、踊ってください!」と言った。比較的真剣な顔で言われた為か、その女子学生は自席に戻ろうとした。しかし氏は止め、呼び戻す。どうしていいかわからず困惑する女子生徒はしばし眺めた後、氏は解説に戻った。

 これは「素人(=庶民)にダンスを教えて踊らせるのとAKBメンバー(士族)を呼んで踊らせるのはどっちが安上がりか(つまり前者であるから徴兵制が採用された)」という事を教授するための場面だが明らかに回りくどい。参加型授業で覚えやすくする氏の姿勢を評価する向きもあるあるかもしれない。しかしわざわざ学生を困惑させてまでやる事なのか。困惑しなかったとしてもやり方が過剰である。これでは「やり手人気講師」感を演出したり他講師との差別化に走るあまり迷走してしまったと受け取られても仕方がないだろう。

 

 

  第二章 権威主義的姿勢

 氏の権威的姿勢は以下の事実から伺える。箇条書きになるので文章としての体裁は崩れるが容赦願いたい。

 

① 右手にシャーペン左手に色ペンを持たせる

② 雑談における卒業生から慕われているアピール

③ 現在の受講生からも慕われているアピール

④ 元日完結講座でのチラシ

⑤ 自分はプロだからオレの言うことを聞け

⑥ 本番で最大の成果が出せるよう厳しく指導するのは当然

⑦ ⑥としての人格否定

 

 ① 右手にシャーペン左手に色ペンを持たせる

氏は「プロの言うことに従うのが一番の近道であり、それに基づいた集中力を切らさないためのルール」であることを根拠に学生に課している。冷静に考えれば指摘すべき点が見つかる。すなわち、「プロの言うルール」としてのペン両手持ち強制は根本的に合理性はあるのかという問いである。

 氏は集中する為にペンの両手持ちを強制するが、ペンを両手で持ったところで集中力が上がるわけでもないし、また"普段どおり"の持ち方でも集中できるはずなのは言うまでもない。仮に授業に臨む為の「スイッチ」を提供しているのだとしたら履き違えも甚だしい。それは各学生個人が個々に設定するものであって画一的に強制したところで効果は見込めない上定着も限定的だろう。

 さらに一般論として、氏のような指導法は極めて特殊である。そのような指導をしなくとも突出した指導実績を出している予備校講師はいくらでもいる。それを踏まえれば選択肢として提示するだけならまだしも「プロの指導法」としてそのルールを押し付けることに合理性は無い。

 

 ②,③ 慕われているアピール

 自らが人気講師であり、頼りになる事のアピールであると考えられる。氏がいくら自己アピールした所で限界がある。そこで「(都合よく選ばれた)お客様の意見/後日談」をひけらかす事で自分に対する評価の向上を狙っているものと思われる。なお、②,③が行われるタイミングは完全に雑談であって授業内容は関係ない。

 自分スゴいアピールも頻出だ。氏が独自に作成する『入試問題分析シート』には「○○(氏のオリジナル講座)を受講した受験生は極めて有利であった」という言い回しが頻繁に出る。無論入試問題をどう解釈(≒自身担当の講座で扱った内容と的中したと言えるかの判定)するかは氏の匙加減であり、他講師の他講座でも入試頻出の内容は扱う。

 

 ④ 元日完結講座でのチラシ

 以下に内容を要約する。

 『参加してくれてありがとう!オリジナルTシャツを着て、ハチマキ着けて、須藤入場時には拍手!笑って授業を受けよう!』

 現代ビジネスというサイトに掲載された『私が大学で「ナチスを体験する」授業を続ける理由』という記事がある。そこにはファシズムの特徴として「全員による拍手喝采、満場一致で指導者を承認する」「参加者全員に共通する制服の存在が一体感を高める」というのが挙げらている(4)。上述のチラシから何が言えるのかはもう言明する必要もないだろう。

 もちろんこれらだけではファシズムという概念に氏が当てはまるとは言えない。記事から引用した部分はあくまでファシズムの一側面であり、その論を突き詰めても堂々巡りになってしまう。重要なのは、私がこれらを引用するに足る事を氏がしていることである。

 

 ⑤ 自分は「プロ」だからオレの言うことを聞け

 ①でも述べた通り、極めて特殊な指導法は一般論になり得ず、また一般に有効とされている勉強法も受験生に周く有効であるとは限らない。同じ結論にはなるが、特殊なやり方を全学生に強制するのは合理的ではない。氏が授業を切った(今後出席しないことにした)生徒の事を授業で貶したり皮肉ったりしたのをこの目で見ている。

 氏の勉強法の「お試し期間」は必要だろうが、採用するか否かの選択権は学生側にある。それを無視し、蹂躙する権限は氏にはない。この考え方は自分のやり方に拘泥するという事とは異なる。プロのやり方(勉強法)は複数ある故他に自分に合ったプロのやり方を採用するべきであり、そしてその選択を許さない氏のやり方が問題なのである。

 

 ⑥ 本番で最大の成果が出せるよう厳しく指導するのは当然

 氏の言うことは正論である。120を目指せば100は確実にクリアできるという論理に基づくこの言説は正しい。

 では問題は何か。これを口実にして権威主義的態度、俗に言うパワハラセクハラ言動を正当化していることである。学生の為を思ってこのような指導をしているとしたら倒錯した正義感もいいところだ。

 繰り返しにはなるが、試用期間を経た後の勉強法選択権は学生側にあり、その後の指導で推奨する事はあっても強制する事に正当性はなく、また間違っても

 ⑦ 尊大な態度で人格否定

 が許される理由にはならない。氏の意に沿わない常識上問題のない行動(普通にペンを持ったりノックする等)をしただけで人格否定をするのは客観的に見ても間違った指導法である。

 例えばこのような言動を見た。

 「ペン両手で持て。日本語わかります?大丈夫だよね。言われた事を言われた通りにやれないから浪人したんだから。」

 上述の内容と被る部分が多くなるが、「言われた事」に合理性は無いし、入試は日本史では決まらない上「言われたこと」が合わない人は必然的にいる。

 ちなみに「お前はダメだから浪人した」ということを氏は叱責する際に頻繁に話す。これは明白な人格否定であり、教育に携わる者として許される発言ではない。

 

 

  第三章 展望と対策

 氏は氏なりの「正解と論理」というのに基づいて学生を指導している。さらに言えば氏は2021年度で50歳だ。人間この年齢に達すると簡単には主義主張は変わらず、変えることも出来なくなるだろう。換言すれば本人側からの更生は期待出来ないということだ。

 では氏の授業に当たり、不快感や嫌悪感を感じた場合我々はどう対応するべきなのか。

 第一章で述べた内容は比較的個人の好みに拠る部分が大きい為ここでは取り上げない。主に第二章で述べた部分についての対策を以下に挙げる。ちなみにパワハラ行為は上述の通りだが、権威主義的態度という方向性からずれることを理由にセクハラ発言は取り上げ無かった。そのような行為があったのは事実ではあるが、これは私がここで論じるまでもなく不法行為であり、私が見聞きした内容を付録として載せる事に留める。

 私が第二章で述べた内容で氏に対し何か行動を起こそうと思ってもハードルは高いだろう。何故なら「講師と生徒」という埋めがたい立場の差があるからだ。授業中に抗議しようものならその場で教務を呼ばれて追い出され、講師室で文句を言いに行っても「(氏本人が思う形で)論破」される公算が大きい。そもそも、そこまでの事を実際に行動へ移せる人自体少ないだろう。

 直接的な抗議が難しいなら間接的に抗議すれば良い。教務に相談する事を推奨する。具体的には予め話す内容(①どこが問題/イヤか②何故か③求める対応)を明確にし、メモ等で言語化し言いたい事を整理した上で教務等(担任/クラスリーダー)と面談するのが良い。私はそれに加えて該当箇所の映像(2021年度は自宅視聴できるよう配信されていた)を見せ、校舎長とも話をした。駿台の対応については、詳細は伏せるが私が不利益を被らないようにして頂いた。

 氏の授業を受けないことによる学習面での不利益が心配なら市販の口語ベース講義参考書で補完できる。何度も言うようだが氏の勉強法と指導内容が絶対ではない。漠然とした不安を過度に気にする必要はないと私は考える。

 

 

  結び

 予備校というのは特殊な環境である。営利目的の学習塾という側面と、学校法人としての学校という側面を両方併せ持つ場だ。「成績を上げにここへ来ている」という人が圧倒的多数である故に我慢し、感情を抑圧し、場合によっては泣き寝入りする生徒学生が一定数いる事は想像に難くない。また氏がそれなりの評価を得て、講習や特設単科で集客出来ているいるのも事実である。30年弱講師としての経験を積んでいるだけあって、氏の方針に共感する学生はそれなりに多いようだ。しかし一義的には批判される点も多い。理不尽なルールを押し付けたり恐怖で思考を萎縮させたり「お前のためを思っているんだ」という姿勢をとったり、といった具合である。そしてそれらは排除されるべきであるのも本稿で明らかにした。序論でも述べた通りこのレポートは授業切り以上の行動をしたい、又氏への反感を持っているが上手く言語化できない(所謂モヤモヤ)人への一助になる事が目的であるから、「イヤなら受けなければ良い」という次元での論ではない事は申し添えておく。本稿を見た受験生が不当な環境下に置かれることなく、無事希望する進路へ進めるよう切に願う。

 

 

注

(1)お茶飲みwiki『須藤公博』のページより、「担当講座 夏期講座」の項目を参照のこと。情報がやや古いが2021年度現在と大差は無い。 最終閲覧日:2022/03/10

(2)お茶飲みwiki『須藤公博』 

(3)同上 

最終閲覧日:2022/03/10

 

 

<付録1> 氏のセクハラ発言

「え~、どうしましょうかね。じゃあ例えばさ、夏期講習1日目は女子は全員ブルマ!w 知ってる?ブルマって(女子に話しかける) いいっすねぇ↑、ピタっと張り付いて笑 2日目はやっぱスク水でしょ。名札着けてこいよみたいにww 3日目ビキニ笑 4日目どうすっかって聞いたら「貝殻」って、えーそれどの貝だよって「しじみ」wwww オメーそれはいくらなんでも可哀想だろォーよwww隠れねぇよせめてホタテぐらいがいいんじゃね?ww 」

 

(解説)

支配者層が男性だけであることの問題点を教える文脈だが明らかにアウト。

 

「○○さん(女子)、新しいマンション手に入ったら、一緒に住もうね笑 ......そういうのは言うなって、学校(駿台)から怒られてるんで、コレはちょっとナイショでね、お願いしますよっと。え~続けて行きたい↓」

 

(解説)

特に文脈は無し。私以外にも教務に抗議した人が居たため当局から何かしらの注意が入ったものと思われる。やはり無駄では無かったようだ。

 

<付録2> 要約

駿台の日本史科講師である須藤公博という講師は長年の経験と独自の指導法で一定の地位と評価を得ているが、それらには批判されるべき点が多い。細かすぎる授業内容はともかく、権威主義的態度やセクハラ発言は排除されるべきである。氏は氏個人なりの論理に基づいているがそれを他人に押し付ける道理は無い。それらに対し、我々は本人に直接抗議するのでは無く柔軟に対応した前例のある教務課に助力と対応を求めるべきである。(198字)

 

 

 

 

 

 

 

 

  はじめに

 はじめまして。駿台で早稲田大学を目指して浪人し、無事合格をいただく事ができた元浪人生です。このブログでは浪人生活におけるあれこれを綴っていこうと思います。

 

 <自己紹介>

予備校:駿台

コース:EX早大文系演習

校舎:ひみつ

得意科目(浪人開始時):日本史

苦手科目(〃):英語と古文

 

 ちなみに浪人確定してから開講するまでの期間はひたすら本読んで寝てました()

 

 

  一年間の流れ

 ざっくりまとめると...

 

 前期  →怠惰を極める

 夏休み→中途半端に勉強量を増やす

 後期  →その中途半端な状況を維持したまま徒に時を過ごす

 冬休み→教材周回、過去問演習の嵐

 直前期→ダレる(おい)

 

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  4月

 駿台に入学。予備校の授業は個性的で面白いと風の噂で耳にしていたので悲壮感は全く無く、むしろワクワク感の方が大きかったように思えます。実際初週の授業はほぼ全てがガイダンスで授業中積極的に笑うよう促す講師も数名いらっしゃいました。もちろん駿台生御用達情報サイトことお茶飲みwikiを読み漁っていたのである程度講師の素性は把握済み。
 クラスの雰囲気はお通夜より酷かったですね(笑)。出身高校が同じ人同士で少し喋る程度でこの時期は基本的に友達は作れません。
 陽が昇っている間は基本授業ですが空きコマと夕方以降は自主的な自習が求められます。が、先に述べた通り怠惰を極めたので毎日即帰宅して遊んでいましたね...
 
 駿台記述模試。という名の進研模試。偏差値インフレして気持ちよくなるが志望校判定でしっかりと落としてきます。早稲田は確かE~C判定でした。
 
 弊コースには英語の問題演習があり、そこでは成績優秀者と校舎ごとの平均点が張り出されます。それを見て、私は「演習コース」とは一体...?と失望感の萌芽を感じることになるのでした。南無
 

 5月

 男女問わず友達ができるようになります。私も何人か友達ができました。出身高校等を聞いてると普通の高校(失礼!)からそこそこの進学校(公立私立ともに)、ガチ名門校まで結構幅広い。 この頃になると授業にも慣れてきますが、逆に言えば予習復習が疎かになりがちな時期でもあります。ここで踏ん張れるかが良いコンディションで夏休みを迎えられるかのキーポイントになるのではないでしょうか。私ですか?ちょっと何言ってるかわからない
 予備校には毎朝開館後10分ぐらいまでには登校していました。一限までの20分程度はその日やる内容をざっと確認するのに使います。これ結構おすすめ。
 
 世間はゴールデンウィークですが駿台は通常授業です。私はというと大学生の友達の家に遊びにいってました()。
 
 駿台は一つのテキストにつき一つの講師が付きます。もちろん当たり外れや好き嫌いがあります。普通はそんなに気にする必要はありませんが、私はどうしても受け入れられない、とある日本史科の某氏の授業に耐えられず......(6月に続く)
 

 6月

 駿台生のバイブルお茶飲みwikiによるとこの時期は浪人生であることに慣れが出てくる頃であるそう。あそこに書かれている内容は概ねそのとおりだと思います。実際クラスはやかましくなるし、群れるグループも出現してましたね。
 授業をサボる/切る人も増えたり遅刻や居眠りも常態化して担任がLHRで注意する羽目にもなったりしてました。私は授業切り以外してませんよ!
 
 (5月の続き)どうしても耐えられなくなった私は、当該講師の授業映像から問題の部分をピックアップして(2021年度はマイページから映像授業が見れる)教務に見せ、泣き寝入りするつもりは無いことを明確に伝えた上で対応を求めました。予備校サイドからは授業に参加しなくてもよいことにしてもらい、こちらが不利益を被らないようフォローしてもらう事になって感動!意外と教務は柔軟な事に気づいた梅雨時でした。
 

 7月

 夏期講習。5つだけ取りました。コバトシのintegrative英語(8月)を受けて大後悔。みんなも評判だけ見て講習受けるミーハームーブはやめようね!
 日本文化史を受講しに駿台の本丸御茶ノ水校へ。1号館駅チカでうらやましい。
 
 夏前は授業後に即帰宅という舐め腐った生活をしてましたがさすがにもうそうはいきません。とにかく授業で扱った教材を周回して復習に力を入れました。演習教材を解き直して単語を拾う、毎日英文を読むのがおすすめ。
 

 8月

 夏休み(休みとは言ってない)後半戦。完全に夏バテする。そして食欲も失せる。淡々とタスクをこなしていたが生きてる心地は一切しませんでした。
 駿台の日本史テキストが炎上したのも8月末あたりだと記憶しています。
 校内マークテストは一応出席したものの点数激悪で萎え。青パックの選考落ち問題と言われていましたが確かに解いてて共テ本番の問題みたいな安定感は感じませんでした。
 

 9月

 後期スタート。別に何かが変わる訳ではありません。前期と同じように、しかし絶対量を増やしていく方針で進めました。
 駿台全国模試を受ける。通称soondie残酷喪死らしい。私にとっての「模試」はこの第二回全国模試だけです(過激派)。だいぶ昔から受けてきたので性質は理解していましたがやはり当日は問題と論述との格闘を迫られます。私文ですが論述は本気で取り組むと心に決め、結果A判定。成績表返却の際にクラスの平均を伝えられますが低すぎてびっくりしました(自分がA判なのを考慮しても、です)。特に日本史なんて既卒のくせに現役時代(E判)の僕より数点低かったしなんなら国語は全国平均割ってました。
 

 10月

 このタイミングでワクチン接種しました。一応皆勤状態がしばらく続いていましたがここで途切れる。久々に何もしないダラダラ過ごす日というのができて物思いにふける...ことはなく、ぼけーっと何もせず副作用を乗り切りました。
 駿台記述模試。国語で爆死して成績優秀者争いから脱落する。
 
 この時期クラスに失望するように。具体的には
・朝来ない
・成績がクソ
・友達同士でつるむ(特にこれ)
・なんなら険悪ムードになってる所すらある

 みたいな感じでだんだん仲良かった人と距離を置くようになってました。結果的に正解だったと今では思ってます。

 

 11月

 この季節にもなってくると何も感情がわかなくなってきます。無心に勉強を続けられてるとも言えるし、人権が無いとも言えて今思い返してもあの時期は何だったんだって思いますね。
 

 12月

 今更早大プレの結果が返ってくる。国語の最後で2つマークミスして結果D判(逆転可能圏)。あのマークミスが無ければC(ボーダーライン)だったのに、と本番では気をつけようと思った冬の初めでした。ちなみにE判は「志望校再考が望ましい」だそうです。こわ。
 
 夏期講習の反省を生かして最低限の講習だけ入れました。自習では
①通期教材の周回
②単語帳を周回
③日本史実況中継と山川教科書も周回
④志望学部の過去問を1~3年分解く
⑤それでも演習材料が足りないので受けない学部の過去問も時間を気にせず解く
 といった事をやりました。個人的にもこれは大正解だったなと思っています。この12月が一番学力の伸び幅が大きかったんじゃないかな(もちろん通期の積み重ねが前提)。
 

 1月

 共通テスト直前ということでパックVという名のゴミ教材をやりました。根拠が曖昧、選択肢が微妙(決め手を欠いたり正解選択肢が少しズレてたり、要は方向性しか合ってない)、そもそもの錬度が低かったり(模試で国語200点達成済マンが言うから間違いない)と友達とギーギー文句言いながら一応は5回分全部解ききる。皆さんはせめて青パックかK塾のやつにしてください。
 
 共通テスト本番はそこそこ緊張して、加えて既に周知の事実だとは思いますが激難化の年にブチ当たったので絶望の淵に立った気分で家路についた記憶があります。結果、3教科8割ちょい。明治立教の共通テスト利用を諦め(結果的には合格しましたが、当時はボーダー暴落など知る由も無かったので)、一般入試の調整も行って気持ちを切り替えて勉強を続けた...はず。
 
 この頃になると「あれ?今更勉強してもどうしようもなくね?」という悪魔の囁きがさかんに僕をそそのかしてきます。実際私はそれに負け、一日の勉強時間は6時間あるかないかという完全に舐め腐った生活を送っていました。
 あれだけやってた英国も失速して日々中途半端に日本史をやり込む日々が続いたのです。
 

 2月

 もう入試秒読み段階ですが何も変わりません。惰性(←某大学の入試で漢字書き取れず)で問題を解いてインプットも続ける追い込みとは一体という有様。
 入試本番の事なんて覚えていません。できるだけ周りを見ずに目の前の問題を解く事に集中したのである意味では当たり前なのかもしれません。
 

 

  入試結果

 

 併願校で明治大学と立教大学に合格を頂き、早稲田も複数学部(>2)から合格を頂くことができました。
 

 

  なぜ合格することができたのか

 

 私があまり勉強量を確保できなかった(怠惰でしなかった?)のにも関わらず、なぜ合格できたのでしょうか。
 ①授業を大切にした
 私のコースでは英国共に演習の授業が組み込まれていて、それらをきっちりこなすだけでも相応の力が付きます。普通の講義型の授業に加えて、それらも欠席することなく真面目に取り組んだおかげで、過去問演習のための下地を作ることができたのだと思っています。
 ②ちゃんと復習した
 これぐらいは当たり前ですが重要です。私は授業翌日に復習→週末にもう一度復習といった感じで復習を進めました。やはり「見たことある度」を高めるのはとても重要です。
 ③長期休みに1から復習
 上で述べたのに加えて、夏冬には追加で一周しました。駿台に限らず予備校の教材は秀逸です。理論上、全テキストを頭に叩き込めば受からない大学なんてありません。所詮入試なんてそんなもんです。とにかく授業で習った内容で使える知識を確実にするのです。
 ④やらない学部の過去問もやる
 これはあくまで問題演習としてやるということで、これ自体は大きな意味を持ちません。しかし、②~④をこなすことで
 ⑤多読
 が達成されるのです。受験の肝は英語です。語学はやはり多読が威力を発揮します。英語を英語のまま理解できるようになるのを理想に読む英文量を増やしたのが勝因なのかなと思っています。これは同じ語学である古典にも当てはまるでしょう。
 ⑥単語帳鬼周回
 これも③の最後に述べた「確実に使える知識を増やす」ということで実践したものです。とかくパス単準一に流れがちな受験生ですが、2000語レベルの単語帳(語源や接辞の解説が詳しいのがお勧め)をとにかく覚えた方が良いと思います。1冊を完璧にするのは不可能です。況や2冊目をや。その自分が選んだ1冊を信じて一つ一つ確実にするのが良いと個人的に思っています。

 

  おわりに

 

 偉そうに色々喋りましたが、個人には個人のやり方があるので究極的にはここに書いた内容がそのまま貴方に当てはまるなんて事はありえないのでしょう。ただしヒントぐらいは埋もれてるはずです(4.5k字も書いたのですから!)。パクれそうなのはどんどんパクって血肉にして欲しいと思っています。がんばれ受験生!
 
 
 
余談
予備校の早慶合格者数並びに合格率は信用してはいけません。私は文化構想の一般枠と英語四技能枠を別々にカウントされました。
 
画像出典:駿台予備学校HP

 かなり刺激的なタイトルですが言いたいことは書いてある通りです。では、詳しくお話ししましょう。

 

はじめに

 

 まずは自己紹介から。現役でMarchにすら引っかからず一浪、無事第一志望の早慶に合格した者です。普通なら「浪人成功!浪人してよかったね~」と美談になるところですが、それでも私は浪人はするべきでない、大学に進学するべきだと未だに思っています。

 

 浪人のメリット/デメリットはネットの大海にあふれているのでここでは敢えて詳しく取り上げることはしませんし、このページをご覧になっている方であればその程度はリサーチ済みでしょう。それらは概ね「同級生がみんな遊んでる」「つらい」「孤独」「成績が上がるとは限らない」であるようです。ここでは他ではあまり触れられていない側面からお伝えします。

 

 

  ①社交の断絶

 

 よく考えればこれは当たり前の話です。大学受験は自分との闘いです。予備校の友達とつるむ時間があれば勉強しろ!というのはもっともな話ですし、そうすべきでしょう。

 しかし冷静に考えてみると、外部との交渉を1年間ほぼ断つという事は何を意味するのでしょうか。実感覚として、喋るのにすら不慣れになります。今までハキハキしてしていたのが急に無個性に陥るのは「人間として」耐えられないものがあります。

 人間は他者とのかかわり合いが不可欠です。それが大幅に制限されるとき、心身には一体何が起きるのでしょうか。自分が日々内向的になっていくのがよくわかります。ちなみに社会的身分上、浪人生は基本的に交流に非常に消極的です。

 

 

  ②思考の放棄

 

 予備校開講後よく言われる言葉に「自分流のやり方で失敗したんだからプロの言うことを聞いておけ」というのがあります。筋は通っていますが長い目で見るとどうなのでしょう。

 

 私の知人に日本史がとてつもなく苦手な人がいました。その人は今年こそ謙虚に大人の話を受け止めて勉強しようとしたそうなのですが、とある自称カリスマの講師に心酔してしまい結局あれもこれもそのセンセイの言うことを何でも聞く思考停止マンになってしまい......

 

 言うまでもありませんが、ここでいう思考力というのは現代文や数学で求められる思考力ではなく、自分で物事全般を考え状況に応じてやり方を変えたり現状維持を決める等の、ありとあらゆる判断を自ら行えるようにできる力のことです。他人から教えてもらう事自体はこれまで/今後の人生でも多々あるでしょう。そのこと自体は当然悪いものではありません。予備校という場所は「大学合格」という大義のもと、批判的思考能力に意図的にブレーキをかけているという事に留意して頂きたいと思っています。(余談ですが駿台はまだ緩い方だと思われます)

 高いお金を払って貴族の子女のように何もかも手取り足取り指導・手配してもらえる予備校というのは非常に魅力的です。そのようにして第一志望に合格したとして、学歴しか誇れない残念な人間になってしまうかもしれないと思ってしまうのは私だけでしょうか。

 

  ③人間観の歪み

 

 予備校は大学合格を目指すべく、志を同じくする仲間が全国から集まってきます。場所の特性上全ての人間評価の基準が成績になります。簡単に言うと、人間を評価するポイントは多数あるはずなのに「あの人は成績が悪い奴だからダメ人間だ(怠惰な奴だ)!」と他人を見るようになるという事です。思うに浪人は精神的につらい時期なのでそのように他人を見ることで自己を保とうと人間の本能が働くのだと思います。逆も然りで、「自分は○○さんより成績が悪い......彼/彼女よりもダメな人間だ」となる事もあります。

 

 私の実体験をお話ししましょう。私のクラスにはそこそこガチの早慶志望者が集まるクラスという事になってます。友人の一人に、朝来ない、駿台抜けて遊びに行く、恋人とのデート(←は?)の翌日は夕方に登校、、、といった行為をしている人がいました。どこにでもいる大学生そのものであり、その人が大学生であれば特に思うところはありません。浪人生であるだけで、しかも浪人生として非難されるべき行為であるが故に、私はその友人を「怠惰なダメ人間だ」と結論づけることになりました。

 

 果たしてその友人は本当にダメ人間なのでしょうか。人間の立場に応じて人を判断することは珍しい事ではありませんが、お互い学生の身分でこのように判断することに妥当性はあるのでしょうか。

 私がこのような判断を下したのは先にも述べた通り「孤独で辛い中努力している自分を褒め称え、守る為の防衛機制」であり、頭でわかっててもそう考えてしまうのです。その考え方は浪人を終えた今でもしぶとく生き残っていて、私を苦しめるのです。ここに浪人特有の残酷さが表れているのではないでしょうか。

 

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 結語にかえて

 勘違いしないで頂きたいのは、浪人すると決めた志高き戦士を批判している訳ではないということ。青春の1年をまるごと勉学に打ち込み第一志望を貫くあなたの覚悟に尊敬の意を表しますし、私も浪人経験者であるのでその覚悟がいかばかりのものであるか痛いほどわかります。大学は選ばなければいくらでも選択肢はあったわけで、そういう意味では浪人というのはどちらかといえば称賛される側の行為でしょう。

 重要なのは、すでに浪人を決めた方は先に私が挙げた事を意識して浪人に臨んでほしいということです。

 ①きちんと高めあえる友達を作り、浪人後を見据える

 ②自分の頭で考えて行動する

 ③特殊な環境に身を置いていることを自覚する

 以上の三点を是非踏まえてください。私が先に述べた事柄は心がけ次第で回避できるものですが、抗う事が難しい故に私は浪人を勧めないのです。

 もちろんこれらは私の意見に過ぎません。ツッコミどころも色々あるでしょう。進路決定までに時間の余裕があるのであれば、自らが納得できる選択ができるよう情報収集してください。皆さんの前途に期待を込めて......