いのち | wakakoのブログ

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少し大げさなタイトルですが…。

学生時代にたまに討論をしていたことがあった『自殺』について。
当然、自殺をしてしまえばもう自分が苦しむことはない。
だけど、残された家族、友人、それまで何らかの形で関わった人に何が残るか。

実は私20歳の時に大きな病気にかかりました。
そのおかげで180度とは言わないけど、生活が激変しました。

そんなころニュースで流れていた自殺の事件。

不謹慎極まりない話ですが、
『ある意味自殺できる人のほうが幸せなのかも』って、思ったことがあった。
だって、
高いところから飛び降りるにも、私は屋上にも行けない。
電車に飛び込もうにも、私は線路までいけない。
首をつろうにも、私は高いところ手が届かない、むしろ立ち上がることもできない。

入院中の病棟でたまたま知り合った方が数日後に亡くなっていった。
顔を合わせるたびに、お互い病気になんて負けないでがんばらなくちゃねって、
励ましあっていたのに。

まだ生きていたいと思う人が、どれだけがんばっても命を失う。
それなのにどうしてまだ未来のある命を失う必要なんてない人が、自ら断つの??

他人にとっては小さな問題に見えるかもしれないけど、
自分にとっては命を懸けなくちゃいけない問題はあると思う。

だからって自分で命を絶っちゃだめだよ。

明日になれば、あの病棟で知り合った方と同じ病気で闘う人たちの、
特効薬ができるかもしれない。
責任をとるためにあなたがなくなったとしても、その根本は解決しない。
疲れたなら、その疲れが取れるまでやすめばいい。
誰にも打ち明けられないようなことがあっても、打ち明けられるまで立ち止まればいい。

自分が命を絶っても、喜ぶ人なんて誰もいない。
とはいえ、他人の命を絶つことも同じこと。

ゲームみたいに、一度死んじゃったらまたリセットで復活するわけじゃないから。

私だって、激変した生活で十数年たつけど、それなりに生き残ってます。
明日になれば、急に医学が発展して、私も立ち上がることができるかもしれないと、
心の片隅で信じてるから。



超個人的な意見です。
これを読まれて不快な方がいらっしゃるかもしれません。
不快に思われた方にはごめんなさい。