仕事が休みの一日

 

ゆっくり甘たるい風が頬をなでる

 

まるで春みたいな日差しが注いでした

 

ただいま!玄関ドアをあけると

眠そうに猫が迎えに出てきた

 

いつもは眠っている時間なんだね

お迎えしてくれてありがとう!

 

猫はいつもよりすっと早い主人の帰りに面食らっている

 

今日は早めのふろに入り…

湯船につかると

かつての実家の生活がありありとリアルに思い出されてきた

 

そう、何年も思い出すことのなかった

「あの人」を

 

私の実家は大きな農家をしていた

肉豚、鶏、蚕、畑、水田、森林を所有しており

父母、祖父祖母、

知的障害の住み込みの片目の「勝っちゃん」

同じく知的障害の耳の聞こえない「つんちゃん」

が住み込みで働いていた

 

子どものから見ても

我慢できないような差別的な扱いを受けていた

彼らは特別理由もなく「従順な態度」を強いられていた

そして祖父母は「使用人」と言っていたりした

 

彼らは少しの知的障害をもっていて

時々ご機嫌がわるいときや

気分がハイになってしまう時もあったが

日頃は思っていることを押し殺したように

黙ったままだった

 

彼らにとって家族は我々だった

身内には内緒の存在として

親や身内がそーっと訪れて

元気かどうか確認しにきた

 

ふと思い出したのは

「かっちゃん」の方だった

 

彼は体の線が細く

働きはそれほどあるほうではなかった

でも私が5歳の時にやってきて

私が実家をた後も何十年と働いてきたのだ

そしていよいよ働けなくなると

「弟」という人が貯めた年金ごとそのまま彼を連れて行ってしまった

 

それから5年くらいして

急に胸がドキンとして

青い空と焼き場の煙が脳裏に映し出された

「かっちゃんが煙になった」

わたしは直感した。

 

母に聞くと

その後の「かっちゃん」の足跡はわからないままだという

 

急に脳裏に映った煙の事を母に話すと

「死んだんじゃない?」

そっけなく答えた

 

30年以上もの農作業で一緒に働いた「勝っちゃんの姿」が

すでに父母の心の中で薄れて消えかかっていた

 

いま、自分の子どもの弱視や視覚障害の方々との仕事にかかわり

 

彼の存在を思い、偶然ではないような気がした

 

身内の心無い扱いに

 

懺悔のこころを思うとともに

 

その記憶を自分は贖い

きれいに洗い流していく役目をしているのじゃないかと

 

ふとおもった。