今年のお正月はとても暖かい日差しに恵まれていた

わたしは山の中の一軒のパン屋で元旦から働いていた

おめでたい雰囲気で、

はかま姿の青年や

着物をまとった女性がちらほら店に現れ

いくつかのパンを買っていった

 

私の目は腫れぼったく

目元のしわが目立っているのを

マスクでそっとかくして

黙々と店の仕事をしていた

 

昨晩、大みそかは、嵐だった

実際は小雨が降っていただけだったけれど

 

この4年近くのうっぷんが爆発した

しかも、何の責任もない身内に

爆発してしまった

 

本当は誰に?と自分に問いかけるが

実は「うまくいかない自分」に怒っていたのかもしれない

 

この3年間「自立」を目指して

あの手、この手で「努力」を重ねてきた

母には「見てなさい!もうじき私はちゃんと稼げるようになるから!」

と威勢をつけて、母の心配を府切ってきた

 

だけど昨晩は

「私はもう何もできない!

どうしても仕事の運がないのよ!

みんなみたいに当たり前に仕事できないのよ!

だってみんな終わっちゃうんだもん!

もう、ダメなの!」

「普通の暮らしがしたい!」

堰を切ったようにむせび泣いてしまった

 

そんな時に限って母はいつも私が言っていた

「だっていつも何とかなるだろうって言ってたじゃないの?」

と言って慰めてきた

 

「だって…だって…でもだめだ」と心から思ったのだ。

 

子どものように泣きじゃくりながら

力が抜けて

立っていられなく

足ががたがた震えた

 

やっぱり誰かに支えてもらいたかった

 

家族が欲しかった

 

一緒に暮らす安心が欲しかった

 

「一人でできる」と突っ張っていた糸がぷつんと切れてしまった

 

「やはり人は一人では生きていけない」

「支えあって生きるのが人なんだ」

 

どうして「一人で生きること」が「自立」と思っていたのか

よくわからないけれどそれは「意地」や「見栄」だったのかもしれない

「かわいそうな人」と思われたくない

「私だってできる」とみんなの鼻を明かしてやりたかったのかもしれない

 

そんな、心の鎧がすべて崩れて

卵の殻が割れたみたいに

黄色い黄身が

ドロッと流れ出したように

本当の自分の姿が現れたのかもしれない

 

「 あ き ら め 」

 

良い意味での。

 

おせち料理を囲んで

家族全員がそろった大晦日

 

自分の人生を受け入れた大粒の涙に

 

年老いた父母、実姉が

 

「まっていたんだよ」

 

と答えてくれた。