シックハウスになってから

すっかりインドアなってしまっていた我が家だった

 

前は公園にお弁当を持っていってピクニックをしたり

友人たちと果樹園にいって摘み取り体験なども出来たが

 

わたしは虫以上に「消毒」という殺虫剤に

敏感に反応してしまうようになっていた

 

だから、公園にも、果樹園にも、農村部へも出かけられない。

 

家がシックハウスの発症源だけれど、

他にどこへも出かけられない、と思っていた。

 

ところがある日、夫がとてもためらいながらある話を切り出した。

 

「実は知り合いから、尾瀬に遊びに行かないか、と言われていて…

とうとう、今年は断れなくて…一緒にいってくれない?」と。

 

もちろん、わたしの答えは「YES」だった。

 

なぜ、そんなに困っているのかその意味は理解しかねたが、

夫から一緒に出かけようと言葉をかけられたのは内心嬉しかった。

 

中学一年の娘と、小学2年の長男、幼稚園の年長の次男と夫とわたし。

そして、夫の知り合いの女性の6人で尾瀬にでかけた。

 

夫とは結婚前に実母と祖母と4人できたことがある。

 

あれから、12年経っていた。

すっかり木道が整備されて、小さいこどもも比較的安全に歩くことが出来た。

 

実は子どもたちを山に連れてきてきたのは初めてだった。

すっかり、外で遊ぶ習慣を失っていた子どもたちだったが、

鳩待峠から尾瀬ヶ原まで健気に歩いた。

 

緑の木道を歩き終えると、一斉に視界が広がり

広い空と、広い湿原があらわれた。

 

まだ午前中の早い時間だった

光が透明にきらきら輝いている

 

山ノ鼻小屋で一息ついて

子供たちの集中が途切れないうちにと先へと進むことにした

 

広い湿原の真ん中に伸びる一本の道

大人3人と長女で軽い冗談を交わしながら先を進んだ

 

しかし、もう弟たちの気力と体力は限界に近づいていたのだった。

 

突然、長男が「ぼく、もう行かない!」とストライキを起こした

すると、我慢に我慢していた次男も「もう嫌だ!」と叫びだしたのだった。

 

尾瀬の木道のど真ん中。

乾いた風が場違いにごきげんな様子で吹き去っていく…

 

(どうしようか?)

すると、夫の知り合いの女性は

「じゃあ、あの池塘のところまで頑張ろう!」と

少し遠く見える休憩所のような場所を指さした。

 

爆発したチビ達は、メチャクチャになってわめき続けている

 

わたしは胸の中がムラムラしてきた。

しかし、目の前にもう池塘の休憩所が見える!

(頑張ろう)

チビ達の手を引きあるき通した。

 

休憩地点の眼の前は牛首という山が目の前によく見える場所だった

 

午前中にはご機嫌な顔をしているが

正午を過ぎた途端、妖気を発するように青みがかって見える山だ。

 

正面には燧ヶ岳が堂々と構えて、

北の方角には白樺の混じった林が湿原を囲んでいる

 

綺麗だった。

胸の底から透き通っていくような

怖ろしく透明な風が通り過ぎていく…

 

子どもたちの「わめき」も気がつけば収まっていた。

 

尾瀬の空気が子どもたちの心の騒がしさも

なにかのフラストレーションもさっと流してしまったように…

 

と、突然、機嫌を直した長男は、

枝分かれした木道をひとりであるき出した…

 

大人たちがちょっと、気がゆるんでしまったその時、事件は起こった。