I先生の施術に来る度

その場にいる人々の顔ぶれにもだいぶ慣れ

場に溶け込めるようになってきた。

 

施術のたびに、I先生には、

「わたしはこの子から逃げたい。」という気持ちが

見透かされているような

胸のざわめきを覚えたが、

 

ある日思い切って

わたしも診てくださいと申し出た。

 

どこが、どう悪いという自覚はなかったが

いつも

そこはかとなく疼く胸と変な動悸

そこはかとない不安感

そして、いつでもまとわりつく倦怠感があった。

 

少し緊張して

施術のために引かれた布団に横たわる

 

縁側に差し込むまばゆい陽の光の反射で

和室の天井の木目が

赤っぽく鮮やかに目に映った。

「お願いします」わたしはそのまま目をつむった。

 

黙ったまま I先生の手は

触手のように丹念に

体の部分部分で止まったりして、

情報を読んでいる…

 

「…胃が悪いね。肝臓も腎臓も悪い。

腸、心臓、肺も悪いね。背中が腫れている。」

 

「…あんたは、どうしたいの?」

 

わたしの口からは

「はい、なんとか子育てができるように体をしっかりさせたいです。」

と、自動的に言葉が出ていた。

 

「胸にまあるい打った跡がある。なにか覚えは?」

思い当たること…??

小学校の時に自転車で転んだときのこと、

実家の家畜小屋の柵の上から落っこちて胸を強打したこと、

それらはみな

I先生が「違う」と答えた。

 

「もっと最近、」 

I先生は正面からじっとわたしの目を見て

「他にないの?」と訪ねた。

 

「…ないです。」

 

その時は何も思いつかなかった。

 

そして、

「あなたは旦那に心を閉ざしている。心に鍵がかかっている。」

と言った。

 

自分が心を閉ざしている…?

 

夫との関係は特に表立って大きな波風はなく、

常態化したその関係性に、

なんの違和感もなく「普通に」過ごして来たことだから。

 

その日、息子とわたしの施術が終わり、

いつものように晴れ渡る青空の下

車を走らせ学校に向かう道すがら、

 

「まあるく打った跡…」

 

その言葉が何度も駆け巡った。

何か、とても気になる言葉だった。

それからずっとその言葉が頭の片隅にあった。

 

13年後、

突然、胸の違和感とともに

デパートのエスカレーターで

その記憶が蘇ったその時まで。

 

心の奥の真我に

「意図的」にしまい込んだ感情は

マグマのように熱く、

胸を焦がし続けている。

 

自分を守ろうとして

自分がとった心の動きは

またもとの正常な位置に戻ろうと

長い年月をかけてでも

自分に訴えかけ続けるものなのだ。

 

時が来て

不都合な事実と再び出会うとともに

消えていくものなのだ。

 

自分の声に気がつけるようになった今、

 

ようやく理解できるようになった。