完全に自分の頭がどうかしてしまって
身動きが取れなくなってしまい
とうとう、
身の上の出来事を身内に打ち明けることにした。
最初に夫に…
おかしいのはわかっていたが
狐につままれたような実感がわかない様子だった
実際本当かどうかを受診した医師のところへ行って
本人に確かめてもらった。
次は両家の親に…
これは辛かった。
新しい家を作るのに何回も出向いてもらい
子どもたちの面倒を見てくれて、
しかも新築のお金の援助までしてくれた。
できれば幸せそうな顔をし続けたかった。
しかし、もう限界で、
実母の手を借りなくては子どもの面倒が見きれなくなっていた。
実母には「あんたたち新しい家になってから無愛想になった」と
嫌われてしまったが、
事情を説明するとまた前のように面倒を見てくれた。
そして、なんでそんなに辛い出来事を黙っていたんだと
父もこぼしていた。
父母の愛情を思っていたからこそ
申し訳なくて言えなかった。
夫の父母には夫から伝えてもらった。
義姉が「お祓いしてもらって方がいいんじゃない?」と
いっていたそうだ…。
体重は46キログラムまで落ちていて
今まで見たことのないスタイルになっていた
胸はえぐれて前かがみになり
不安そうな眼差しに変わっていた。
もう春が来ていた。
5月。
そうだ、私たちがここに来た目的は
息子の弱視教室を開くため。
この家に来てそれを果たすために来たのだ。
一刻も早くこの場所を離れたい気持ちとは裏腹に
3年かけてたどり着いたこの場所を放棄する事は
自分たちの今までの”努力”を無にするようで出来なかった。
ぼんやりした頭で幼稚園に子どもたちを送り出す。
ちょうど幼稚園も市内近くの場所から
新しい園舎を作り郊外に移ってしまった。
次男は新しい園舎での一期生になった。
2006年4月から、二人の幼児をあづかってもらう事になった。
去年の引っ越し後、園から入学準備の話が来ない…
何もかもが曖昧模糊とした生活に入っていった。
薄灰色がかったピンクの桜が咲き誇った春だった。