そのクリニックは自宅から15分の距離

 

ビルや工場の並んだ場所から少し路地に入ったところに

 

ひっそりと建っていた。

 

しかし、そのクリニックに一足踏み込むと

 

そこは戦場…疲れ果てた負傷兵の救護所のようだった。

 

みな、どこか怯えたような顔をして…

 

だるそうに、うつろな目でぐったりしている

 

「同じ経験をしている。」その空気でわかった。

 

老若男女、様々な人達が一様に「うつろ」だった。

 

時が、前でも後でも、今でもない、どこかに飛んでいって、

 

自分自身がカラになっている…

 

 

何時間がったのか、ようやく自分の名がよばれたが、

中待合…。

そこでしばらく待ち続ける。

ようやく順番が回ってきた。

 

元気の良いはっきりした声で私の名が呼ばれる。

 

カーテンの奥にはS医師が座っていた。

 

私は用意してきた入居から現在までの状況を記した紙を差し出した。

 

S医師はサッと目を通し

「これはシックハウスだね。間違いなし。」

「その顔は特徴的だね」

と言った。

 

「先生、私、治りますか?」

胸に少し冷たく苦い何かが突き上げてくる…

 

「大丈夫だよ。きっと治るから」

S医師は私の手をぎゅっと握った。

 

気がつくと泣いていた。

 

 

このまま治らなくなってしまったら…

 

一生思考の檻の中に閉じ込められて、

 

本来の自分がこの頭の中に閉じ込められて

 

壊死してしまう…

 

早くここから出して「私」を!

 

表出の出口を失った「私」が悲鳴を上げていた

 

焦燥感で頭の表面がチリチリしていた。

 

そんな絶望から、

 

S医師の一言で「出口」をすでに見つけられたような気がした。

 

一縷の望みと細い未来への空気穴が空いたような気がした。

 

 

私はS医師の処方する二種類の薬をもらい車に乗った。

 

さあ、あの家にもどろう。

 

戻る?

戻らなくては行けないのか?

危険であるにもかかわらず?

いや、

私には家族がいる

家族?

待っている?

いや、

私ではなく

私の「世話」を待っている「家族」…

 

「家族」の言葉がまるで

握って無理に固めた砂のように

もろく、崩れやすく、危ういものに感じた…

 

本心戻りたくない。

でも、もどらねば。

 

もはや、戦場は「自宅」であった。

 

そこには、疲弊しきって愛情もやすらぎも、心地よさもない。

 

こころの砂漠地帯の戦場であった。