あのときと同じだな。
試合を終えた後、彼の心もとなく揺れる瞳に、前回五輪のキスアンドクライの言葉を思い出す。
「バテてた?」
「滑ってた?」
そんなことないわよと、首を振るコーチ。
テレビの前で、こんな不安な顔する人なんだあって思ってた。
結果銅メダル。
フィギュア日本人男子初だっけ?良かったじゃん。
新聞の号外も出てたね。
あれから4年近くたって、代表を決める全日本選手権、ショートの演技後の彼の瞳を見て(パソコン動画でだけど)、感じたこと。
ああ、この人の時代は終戦に向かっているのだ。
「開戦当初は無敵の戦闘機でした。零戦に乗っている限り、負けるはずはないと思っていました。しかし十八年の後半から米軍はついに零戦に勝る戦闘機を送り出しました。(略)」
「零戦は長く戦いすぎました」
略
「日中戦争から五年も第一線で戦い続けていました。何度も改造を重ねてきましたが、飛躍的な性能向上はありませんでした。(略)
今や――老兵です」
永遠のゼロ 百田尚樹
時代は移り変わる。
それでも、古くからあるものに執着したい心理。
この人は前回銅メダル取ったから、
表現力やスケーティングは素晴らしいから、
心をうつ演技をするから。
全部正しい。
昨日の観客の声援、ジャンプを2本失敗しての80点以上の得点。
審査員は、ショートの演技だけでは彼に引導を渡さなかった。
「フリーで表彰台に上れば、代表権をあげる」
けれど、彼自身が一番分かっていると思うのだ。
代表の座をつかめる状態じゃないはずだ。
演技やスケーティングは経験を積んで、最早「熟練工」とも言える域だろう。
表現力だって現時点で世界一だと感じる。
音楽に合わせて動くのではない。
彼の体から音楽が出てくるのだ。
けれどジャンプのピークはもう過ぎただろう。
体力のピークも。
疲労が蓄積された体はもう昔とは違うのだ。
零戦は、他国がより優れた戦闘機を出してきたときに、熟練乗組員の操縦により、本体の劣る部分を操縦技術でカバーして、戦えた部分もあっただろう。
しかし限界はすぐに来た。
昨日の彼の瞳と、歴代最高得点を叩き出した人とはあまりに違う。
零戦と、グラマン(戦闘機)のようだ。
グラマンは古いものは見ていない。
滑ることをすごく楽しみ、順位なんて見ずに、
「明日も頑張りまーす」みたいな感じだった。
誰が見ても、19歳の彼は当確。
残り2枠を4人で争わなきゃならない。
私は、羽生・織田・町田と選出されて欲しいけど、昨日の演技を見てると
「あれーこんなに点数出ちゃった」とすっとぼけた表情している小塚君が持って行くかも。
羽生・町田(個人的に入って欲しい)・小塚かな。
もう彼の時代じゃないの。
でも良いじゃない。
素晴らしい戦闘機たちがたくさんいる。
優れたものが出てこないことには、繁栄はない。
零戦を超える戦闘機を作り出せず、日本は負けた。
バンクーバーの金メダリストの得点は、ソチ五輪では銅メダルも取れないだろう。
得点も出やすくなったかもしれないけど、レベルが格段に上がっている。
時代が変わっている。
同じものを愛す心が代表権を渡したがっているが、それじゃダメなんだ。
私がすごく幸運なのは、明日、代表発表の瞬間に会場にいれること。
泣きながら見てそうだ。
試合に見に行く前の新幹線で書いてますよ。
見に行くのは明日だけど、その前にお仕事しなきゃならないから前乗りよ。
後数時間で男子のフリーの演技が始まる。
その前にどうしても書いておきたかったんだ。
結果を見てからじゃ文書が違ってしまうんだ。
明日の夜の私はどんなことを感じているんだろう。
演技はもちろんだけど、代表発表された選手の表情をすごく見たい。
席によってはスケートリンクがティッシュケース(!)くらいの大きさに見えます。
こんなコメントがあったよと一緒に行く友達が教えてくれた。
100均で双眼鏡探してこよっと。