ガラスを作るときに私の意図は必要ない。どうもサンちゃんです。


今日のガラス


SunBashのGlassWorks
<縦30mm 横20mm>

SunBashのGlassWorks
<縦28mm 横15mm>


ガラスを愛してやまない私のガラスの師匠はよく言います

「凄いのはガラスだよ。」

師匠は言葉で説明というよりは、雰囲気でしか話のできないシャーマン系の人です。

理系頭の私にはよく理解できないことが多い師匠の言葉ですが、ガラスを触っていると、ふとした時に「こういう意味なのかな?」と思えることがあります。

「凄いのはガラスだよ。」



ガラス細工を作っている時、炎とガラスと向き合っていると、ガラスにも炎にも意思があるんじゃないかと思えることがあります。

でも彼らは主張しない。

私が、今日はこんなのを作ろうとか、こんな風にしてみようとか意図を持って作成にかかると、たいてい失敗してしまう。

それは自分の意思が強すぎて、ガラスや炎と喧嘩してしまっているのじゃないかと思う。

目の前にある素材が私のところにやってきたのは縁起。

素材たちは自分のなるべき姿を知っている。

だから私は彼らにキッカケを与えてやればいいのだと思う。

彼らの声に耳を傾け、そのようにしてやる。

ただそれだけで十分なんだと思うんです。