ギャンブル依存末期だった頃、ほとんど毎日パチ屋に行っていた。

仕事帰りなどは最寄りに着くのはもう遅い時間(早くて20時過ぎ)なのだが、閉店まで少しでも時間があれば打っていた。


昼間は仕事をしながら帰りにパチ屋に行くことばかり考えていた。

他者とのコミュニケーションは不思議ととれたが頭の片隅にはずっとギャンブルのことがあった。


ブログを書くにあたり当時のことを思い出してみるか…と考えてみたがイマイチ記憶がはっきりしない。

記憶力は悪い方ではないはずなのだが、当時のことをよく思い出せないのだ。


どんな台がお気に入りで…とかはぼんやり思い出せるのだが、その台でどれくらい勝ったか負けたか…どんなレアな演出を見たか…最高何連したとか最大何回転ハマったかとか詳細が思い出せない。

あんなに楽しく(と当時は感じていたはず)あんなに悔しい思いをしたのに記憶がない。

刺激で常に脳が興奮状態だったせいなのか思い出す必要がないから脳が拒否しているのかはわからないけれども。


お金を無駄にしたという後悔も大きいけども、今は時間を無駄にしたことの後悔のほうが大きい。

その時、刹那でも楽しかったならまだ良いのだが、記憶がないのだからやはり楽しくなかったのかもしれない。


夕飯も食べずに打ち、閉店後23時過ぎになって帰宅して、ろくなものも食べず…風呂もめんどいからと入らない日もあった(最悪)。


睡眠の質も悪く、眠いまま出社して集中力もなくなっていたと思う。


思えば、ギャンブル依存がひどかった頃は職場での上司からのパワハラがひどく…、毎日のように怒られていた。


どうしてこんなにも自分はダメなのだろう。

普通の人ができることができない。

普通じゃないんだ、人として劣っているんだ。


そう毎日考えていた。

仕事中は帰りにパチ屋寄ろう、何の台を打とう…そう考えることで逃避していたのかもしれないし、集中力がなくなっていたからミスが多かったのかもしれない。

圧倒的に自己肯定感が低かった私は、束の間でもパチンコで当たれば自己肯定感が得られた。

私はここにいる人たちよりはマシ…なんて失礼なことを考えていた部分もある。

結果頭が変になって昼は仕事に集中しきれない、うとうとする、怒られる、自己肯定感がなくなる、ストレス発散にパチンコ、その無限ループ。


パチンコを辞めたのと、パワハラ上司と離れて職場環境が変わった時期、思い返すとこのあたりが結構被る。パチンコやめた方が後ではあるのだが…


他の趣味にシフトしていたのもあるが、不思議と…、いや、不思議とではなく、私は仕事が楽しく、褒められることや頼られることが増えてきてからパチンコに行かなくても大丈夫になった。


ここ数年、特にパチンコをやめてからは仕事がつらいと思ったことがない。

休みの日は嬉しいけど、仕事自体は楽しいし好きだと思う。


パチンコで埋めていた自己肯定感を、趣味や仕事で得られるようになったから離れられたのかもしれない…、と振り返ってみて思う。


ギャンブルや他の何かでも依存状態になってしまう人は自己肯定感が足りず、依存対象によってその空虚を埋めようとしている可能性はあるんじゃないだろうか。


自分を好きになれること、褒められることを仕事でも趣味でもなんでもいいから見つけてみることは依存からの脱却のきっかけになるかもしれない。

全て過ぎ去ってから気づくことばかりだけど、あの頃、もっと早く気づけていたらと思う。