いよいよ「雫石高級時計工房」の大平晃氏による作業実演が始まる。
まずはテンプの「振れ取り」という作業を見る。(画像1)
振れ取りとはテンプの重心のズレを補正する作業である。これは当然私もした事はおろか見た事も無い。
テンプは、時計のリズムを刻む調速機となる。柱時計で言う振り子である。振り子を小型化、そして平面化したモノがテンプと思って頂ければ良いだろう。
今回実演で使用されている「Grand Seiko」の「MECHANICAL HI-BEAT 36000」のムーブメント「Cal.9S85」は1秒間に5往復する(つまり10回動く)為、1時間では36000回動く事になる。
テンプはひげゼンマイによって左右に往復回転運動を行うのだが、当然、綺麗な重心が出ていないと均等に振れない。綺麗に振れないという事は正確な時間を刻まないという事に直結する。
大平氏はテンプを指で独楽の様に廻し、上からも横からも触れが無くなる様、ピンセットでひげゼンマイを調整していた。時には上に、時には下に、微弱なテンションを掛けながら‥そしてテンプの独楽が綺麗に廻る様になった。
ひげゼンマイは美しい同心円を描く。水面に現れる一つの波紋を思わせる均等な同心円だ。横から見てもテン輪には全くブレが無い。
続いて、ムーブメントの分解作業。完成しているCal.9S85を途中まで分解する。
まずは自動巻き機構のローターを外す。マジックレバーは使用していない様だった。更に脱進機構を外し、輪列が現れたところまで分解。
分解は組み立てよりは難しくないのだが、その手際の良さには舌を巻く。
そこからまた完成形まで組み立てるのだが、今回は調整や注油等は省略となった。
大平氏は、穴石に歯車を組み込んでいくのが非常にスムーズである。まるで作業が私達でも簡単に出来る様に錯覚させられる。(画像2、3。作業の様子)
しかし、それこそが職人の培った技に他ならない。
無駄無く確実、そつが無いからこそ、ゆっくり作業している様に感じる丁寧な作業を効率良く行えるから簡単そうに見えるだけだ。実際私は「精工堂チャレンジキット」の各投稿でも述べたが、機械式時計を組み立ててみた事が有るのでこの凄さが良く解る。
私ではネジを締めるだけでもかなり手間取る。中でもテンプを組み込むのは手の小さな動きでもひげゼンマイがバネの様に動くのでテン輪が大きく揺れ、かなり難しい。
販売する立場だと、テンプの組み込みに手間取ると、ひげゼンマイが下方に伸びる時間が永くなり、折角振れ取りを施して均整の取れた重心が狂ってしまう事になるのだ。慎重かつスピーディに。繊細且つ大胆に組み込む腕前が必要の様だ。
因みに、Cal.9S85には、ガンギ中間車という歯車が加わっているので抑えのプレートを付けるのもひとつ難易度が上がっているらしい。確かに総ての歯車のホゾを同時に穴石に入れなくてはならないので数が増えれば増える程難しいに違いない。
そして、私が数時間掛けたであろう作業をあっという間に終わらせ、ムーブメントが完成した。玄人の技というモノが如何に凄いか実感した、とても意味の有る催しだった。
こういった時計職人を1人育てるにも莫大な費用が掛かるだろうし、前回述べた新開発に伴う開発費も凄いものだろう。時計の価値とはどういったものなのか改めて思い直した一時であった。
その後、展示されている時計等を楽しんだ。
Cal.9S85以外にも「BRIGHTZ PHOENIX」の機械式自動巻きクロノグラフ(Cal.6S28)とKINETIC DIRECT DRIVE(Cal.5D44)のムーブメントも分解展示されていた。画像4がCal.6S28、画像5がCal.5D44である。
時計では「CREDOR」の「GBBD968」が目を惹いた。(画像6)
黄綬褒章受章者の桜田守氏と照井清氏2名によって手掛けられた薄型手巻きムーブメントのCal.6899は本当に美しい。厚さ1.98mmのムーブメントとエングレーブは芸術的だ。(それでも「247」は気になるが‥)
今度はエングレーブの実演等も見てみたいものだ。