しかし、スバには行きたくないがフィジーには戻りたいという思いは深く進行していました。ただし、日本での仕事があったのでそれに賭けていました。
それから3年半。私はある出来事をきっかけにシニア海外ボランティアに応募することにしました。それは、専門家だったSさんが赴任先で亡くなったという訃報を聞き、またその葬儀に参列したときに、遣り残した気持ちがある間はそれを遣り遂げねばならないのだということを実感しました。その後に私は女房と話し合い、再度シニア海外ボランティアに挑戦することにしました。そして、今回の募集にナンディ地区の案件がありました。これは私にとってチャンスと思いました。何とかして合格するぞという思いでした。
そして、2004年3月末にまたフィジーに赴任しました。前回は私だけでしたが今回は5人もいて、私だけがナンディ地区でした。最初3週間はフィジー語とヒンドゥ語の研修でした。語学と文化についても学びます。今度は、フィジー航空局のネットワーク構築が仕事です。しかし、実際のネットワークはわずか5ヶ月くらいで終了しました。後は職員のトラブル対応やCDをコピーしたり,DVDを焼いたり、プリンターをインストールしたり、ウイルス処理をしたりといったことが仕事でした。
生活は、ナンディという場所であまり日本人との付き合いもなくかえって気楽なものでした。スバの濃密な付き合いがない分、女房も気分的に楽だった様です。ただ、協力隊との付き合いは、スバのように気のいい連中がいなくて余り面白いものではありませんでした。
今回は、日本人ではなく、オーストラリア人の友達ができて、彼にいろいろ連れって行って貰い、フィジーの観光やホテルライフを楽しみました。プランテーション島に彼の船で行って食事したり、イルカを見に行ったり、ナウソリハイランドという高原に行って山からの眺めを楽しんだりといろいろでした。
フィジー航空局は、シニア海外ボランティアに対する待遇も破格で、私の場合、朝晩の送り迎え付でした。重い買い物も、ついでにお願いして、帰りに買って帰りました。
ナンディは国際空港があるので、また気軽にいろいろ出かけることができます。オークランドや、ブリスベーン、タスマニアなどに遊びに行きました。
ナンディでは、特別なこともなく、平穏無事に任期満了となり、日本に帰りました。
今、自分でシニア海外ボランティアはなんだったのかと問い直している日々です。
仕事だけではない、さまざまな活動をしてみること、例えば、恵まれない子供たちに衣類を送るとか、パソコンの修理を無料ですることなどでしょうか。衣類を送ることは、機会があればやるつもりです。
今、シニア海外ボランティアの待遇がかなり改悪されて、仕事以外の活動ができにくい環境にあると聞きます。仕事以外の活動も奨励してくれる環境を望みたいです。長々と書きましたがこれで、私の「シニア海外ボランティア」への道を終わります。
それから3年半。私はある出来事をきっかけにシニア海外ボランティアに応募することにしました。それは、専門家だったSさんが赴任先で亡くなったという訃報を聞き、またその葬儀に参列したときに、遣り残した気持ちがある間はそれを遣り遂げねばならないのだということを実感しました。その後に私は女房と話し合い、再度シニア海外ボランティアに挑戦することにしました。そして、今回の募集にナンディ地区の案件がありました。これは私にとってチャンスと思いました。何とかして合格するぞという思いでした。
そして、2004年3月末にまたフィジーに赴任しました。前回は私だけでしたが今回は5人もいて、私だけがナンディ地区でした。最初3週間はフィジー語とヒンドゥ語の研修でした。語学と文化についても学びます。今度は、フィジー航空局のネットワーク構築が仕事です。しかし、実際のネットワークはわずか5ヶ月くらいで終了しました。後は職員のトラブル対応やCDをコピーしたり,DVDを焼いたり、プリンターをインストールしたり、ウイルス処理をしたりといったことが仕事でした。
生活は、ナンディという場所であまり日本人との付き合いもなくかえって気楽なものでした。スバの濃密な付き合いがない分、女房も気分的に楽だった様です。ただ、協力隊との付き合いは、スバのように気のいい連中がいなくて余り面白いものではありませんでした。
今回は、日本人ではなく、オーストラリア人の友達ができて、彼にいろいろ連れって行って貰い、フィジーの観光やホテルライフを楽しみました。プランテーション島に彼の船で行って食事したり、イルカを見に行ったり、ナウソリハイランドという高原に行って山からの眺めを楽しんだりといろいろでした。
フィジー航空局は、シニア海外ボランティアに対する待遇も破格で、私の場合、朝晩の送り迎え付でした。重い買い物も、ついでにお願いして、帰りに買って帰りました。
ナンディは国際空港があるので、また気軽にいろいろ出かけることができます。オークランドや、ブリスベーン、タスマニアなどに遊びに行きました。
ナンディでは、特別なこともなく、平穏無事に任期満了となり、日本に帰りました。
今、自分でシニア海外ボランティアはなんだったのかと問い直している日々です。
仕事だけではない、さまざまな活動をしてみること、例えば、恵まれない子供たちに衣類を送るとか、パソコンの修理を無料ですることなどでしょうか。衣類を送ることは、機会があればやるつもりです。
今、シニア海外ボランティアの待遇がかなり改悪されて、仕事以外の活動ができにくい環境にあると聞きます。仕事以外の活動も奨励してくれる環境を望みたいです。長々と書きましたがこれで、私の「シニア海外ボランティア」への道を終わります。