久しぶりにボリュームの多い、納期の厳しい仕事を受注して、「疲れる」ほどに仕事をしている。来月初めまではゴルフも自粛するか・・・。
と言いつつ、今朝は台風対策と女房の買い物のお供で時間をつぶした・・。

今畑は秋冬野菜の準備中だが、台風が過ぎるまではお休み・・。こないだミニトマトを片付けた。でかい(10数センチ)の多分アゲハチョウの幼虫が見つかった。じっとしていたはずなのに、発泡スチロールの箱から逃げて行方不明になった。逃げられないように網で囲む予定で、どんな蝶になるか楽しみにしていたのに・・。逃げたのではなく鳥の餌にでもなったかな? そのほか小ぶり(7,8センチ)の奴を2匹見つけたが、これもあっという間に逃走して、数メートル離れたつげの木で見つかった。女房が山芋の葉に移したが逃走して下を這っていた。一匹は蟻に攻撃を受けて弱っている。保護して別の場所に移してやったが生き延びるかどうか・・。小さい青虫はいつも手や足でつぶしてしまうが、直径1センチ前後ともなると「命」を感じてしまって、ひねりつぶすことができない・・・。

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「名所江戸百景」今昔:「みつまたわかれの淵」
右から左に流れるのが隅田川、富士山の方向に流れるのが箱崎川。そこでこのあたりは「みつまた」と呼ばれたが、「三叉」「三派」と漢字表記は一定していない。今は日本橋中洲・・昔は月見の名所だった。
  
読み解き江戸時代:新撰組、誕生、「京を支配するのは誰だ?」
池田屋を襲撃して在京の尊攘派を壊滅した新撰組・・こうして攘夷クーデターは未然に阻止された。一時「桂小五郎(後の木戸考允)が殺された」という誤報が流されたが、早めに池田屋に来た桂は一旦対馬藩邸に行ったため難を逃れた。騒ぎを知って現場に行こうとして引き止められた。明治維新の中心人物桂小五郎がここで死んでいたら・・・。
    
街道を行く:中山道50「伏見宿」・51「太田宿」
  
三都&町物語:江戸「渋谷」、京「妙心寺」
渋谷の地名の由来は諸説あるらしい。私はここが谷だったからだと思っていた。何せ地下鉄の駅が3階くらいの高さにあるのだから・・。平安時代の領主渋谷氏の姓から名付けられたという説があるそうだが、これとても谷あいの土地を領有したから渋谷と名乗った可能性はある。ここに居館のあった河崎氏が堀川天皇から渋谷姓を賜ったというのだから、地名の方が先の可能性が高い。いずれにせよ江戸時代の渋谷はほとんど田畑だけの「ど田舎」だった。
    
日本全国「藩」事情:「福山藩」
 
暮らし大全:「河童出没記録をひもとく」「吉原の食文化」「大人気小説『田舎源氏』」
「河童は人間の尻小玉を抜いて食べる」という伝説があった。尻小玉とは「肛門の中にあって失うと腑抜けになる」と言われた架空の玉だ。藁人形に命を吹き込んで仕事を手伝わせた左甚五郎が用済みとなったので川に捨てようとすると「これから何を食べていけばいいのか」と尋ねたので「人の尻でも喰らえ」と返事をした・・藁人形は河童に化身して知り小玉を狙うようになったとさ。
  
偉人・奇人列伝:「濱口梧陵」