日本列島は、ほぼ全土に渡って巨大地震のリスクを抱えており、それらが今日起こったとしても何の不思議もありません。

 

そして、それが首都直下型地震や南海トラフ地震であった場合、物流の寸断や大規模な避難民の波によって被災地以外の地域にまで社会の機能不全が広まる可能性があります。その影響は年単位に及び、元に戻る事無く4次元的なニューノーマルの現実が模索されて行く事になるでしょう。

 

だからと言って、そうしたリスク(可能性)に怯えて暮らす必要はありません。

 

しかし、そうした危機的な状況下では、日頃からの生き方が大きな明暗の分かれ道となって浮かび上がって来る事は単純な事実だと言えそうです。

 

 

例えば、住んでいる地域が都会であるか田舎であるかによって、そこに表れて来る経験は大きく異なるものになるでしょう。どちらが良い悪いとは言いません。ここで言いたい事は、どこに住んでいるかによって生み出される経験がまるで異なって来ると言う事です。

 

 

私が住んでいる様な環境を1つのモデルケースとして、物流やライフラインが途絶えた状況における対応を考えてみたいと思います。

 

田舎の新興住宅地では、一戸建ての家に小さな庭と2台程度の駐車スペースがあるのが一般的です。

 

庭に果樹が植えてあれば、季節によってそれなりの量の果物を収穫する事が出来ます。あるいは、家庭菜園であれば野菜を収穫する事が出来るでしょう。

 

ただ、基本的に家庭菜園では日々の水まき・草取り・害虫対策であったり、種苗や水の確保が必要です。しかし、果樹であれば多くの場合、必要なのは年に一回の剪定程度で後は収穫するだけです。

 

その他のスペースであっても地面が土になっていれば、タンポポやヨモギなど野菜とも言える野草が勝手に生えて来て、それを意図的に育てる事も出来ます。

 

それらだけで生きて行けると言いたいのではなく、備蓄やその都度確保する食料に加えて、そうして自分達で工夫することの出来る余地があると言う事です。

 

ただ、今ではコンクリートで固めた駐車スペースを大きく確保し、庭が無いか極めて小さい家庭も少なくありません。また、家の周囲にも雑草対策で砕石が敷き詰められていたり、毎年除草剤を撒く事で土が汚染されている家庭も多い様です。

 

ただ、それでも団地周辺には山などの自然が広がっています。

 

トイレについても庭などに肥えた土があれば、それを利用して循環的にコンポストトイレを工夫する事が出来ます。

 

また、電気については屋根の上にソーラーパネルを乗せいている家庭も多いです。しかし、蓄電池までも設置している家庭は少ない様に思われます。

 

ただ、アウトドア用の折り畳み式のソーラーパネルや(定置用の大型蓄電池ではなく)ポータブルな蓄電池があれば、屋根の上・ベランダ・庭などにそれを広げて充電する事が出来ます。

 

さらに、雨どいからの雨水を効率的に取り込み貯めておく事が出来れば、ある程度の生活用水が確保でき、防災・アウトドア用の簡易浄水器や煮沸によって飲料水にする事も可能でしょう。

 

ガスについては、第一には備蓄されたカセットガスになるでしょうが、それ以降は主に山で枯れ枝を拾って来る事になると思います。

 

この時、少量の枯れ枝を効率的に燃やすことの出来る、アウトドア用のソロストーブなどがあると便利だと思います。それを、空き缶・レンガなどで作る事も可能でしょう。

 

この時、庭に垣根や果樹などがあると、剪定した枝を乾燥させて燃料に加える事が出来ます。枯葉も着火剤として活用できるでしょう。

 

そして、こうした知識を自治会などを通じて共有する事が出来れば、それは地域社会の安定を保つ方向へと作用すると思います。助けてもらおうと言うのではなく、自分達で出来る事に意識を向ける余地を広げて行くのです。

 

また、田舎での交通は主に自家用車であり、遠方からの通勤者もそれほど多くは無いため、道路事情にもよりますが帰宅難民者の問題も何とかなるのかも知れません。

 

毎日こうした事を考えて、頭を悩ませ怯える必要はありませんが、一度は自分の置かれた環境に応じてそうした事態を想定し基本的な備えをしておいた方が良いように思います。

 

基本的に古い現実(3次元世界)から新しい現実(4次元世界)への移行に際しては、かなりの確率で古い社会システムの崩壊に伴う混乱を経る事になります。

 

それが自然災害によるものか、金融経済的な崩壊によるものか、その他のどの様な理由によるものであったとしても、これまでの支配・搾取的な社会システムが崩壊して取り払われる必要があるのです。

 

だからこそ、そうした可能性に向き合い、欲を言い出せば切りはありませんが、自分にとって必要最低限の備えだけはしておいた方が色々な意味で良いように思います。

 

日本はまだ表面上大きく動き出してはいませんが、過去2日の記事でも書いたように欧米は大きく動き出しています。中東でもイスラエル(シオニスト)・アメリカ排除の戦火が拡大の様相を見せており、アフリカでもフランス支配体制からの離脱が相次いでいます。

 

こうした変化を、新しい現実への転換点としてポジティブに創造して行けるか、社会そのものの崩壊としてネガティブに創造して行くのかは各自の個人的な問題であると言う事です。

 

ただ、大自然の中でワクワクと調和的な生き方を育てて来た人達については、そこでの生き方・コミュニティそのものが既に変化に対応したものとなっており、改めてどうこうと備えを考える必要は無いのかも知れませんね。それが理想だと思います。