今の時代の医療・医学を見ていますと、その傲慢さに驚かされるばかりです。コロナワクチンにしても、子宮頸がんワクチンにしてもそうですが、まず第一に「医療・医学」がある様にしか見えません。そして、その後を「身体」は従えと。そうしなければ健康ではいられないぞ!と言う姿勢なのです。

 

そもそも、ワクチンと言うものは「健康な人」に対して予防的な意味で打たれるものであり、「絶対的な安全性」が保障されている必要があります。それにもかかわらず、そのワクチンの影響によって苦しむ人たちを無いものとして、今なおワクチンを推進し続けているのですから信じられない現実です。

 

大雑把な分類として、医学には西洋医学と東洋医学があるかと思います。その1つである東洋医学は、いかに人体の免疫力を引き出すかについて焦点が当てられて来ました。まず第一に「心と体」があり、それを健全に機能させる知識として「医学・医療」が存在していたのです。

 

しかし、西洋医学は優れた知識と言う位置づけで「医療・医学的権威」を第一に存在させ、そこからの指導的な指示によって、「人体の健康」をコントロールしようと試みているのです。

 

ウイルスに感染した時、人体は免疫機能をフル活動させるために体温を上昇させます。それによって免疫活動が活発化し、ウイルスが排除される事になるのです。まず、こうした人体の基本的前提があります。

 

その時に西洋医学は、熱が出ては辛かろうと言う事で、体温を下げて免疫機能を抑え込んでしまうのです。そして、ウイルスを排除するための異物としての薬品を体内に流し込む事になります。

 

つまり、東洋医学は「免疫機能をサポートする」事に焦点が合わせられているのに対し、西洋医学は「免疫力を見下し薬品の力で健康をコントロールする」事に焦点が当てられているのです。

 

そうした基本的価値観によって、コロナワクチンによる史上類を見る事のない大規模な薬害問題が発生し、今なおその拡大が継続しているのです。

 

東洋医学的に言うのであれば、「バランスの良い食生活・適度なスポーツ・ストレスのない生活」に取り組んで、健康的な日常を心がけましょうと言う事になります。これはごく当たり前の事なのですが、これまでの歪んだ社会的現実の中で、人々はそんな当たり前さえも分からなくなってしまったのです。

 

 

実際に、ワクチンを打たなくて後悔している人にはあった事がありませんが、ワクチンを打った事で後悔している人は日々増え続けている様に思います。

 

今の時代と言うのは、「分離・競争」的なあり方が崩壊する時間の中にあるのだと言って来ました。これは単に1つの例に過ぎないのですが、ウイルスを悪と、免疫機能を不完全と見なす事で、それらを思いのままにコントロールしようとして来たあり方そのものが崩壊に向かっているのだと言う事です。それは医療分野に限った話ではなく、金融でも経済でも政治でも、全ての社会的システムにおいて「そうした分離・競争・支配的な価値観・あり方」が崩壊を始めているのです。

 

経済においては自然を破壊しながらそれを支配的にコントロールしようとするのではなく、金融においてはマネーゲームで弱肉強食による強欲を基盤に置くのではなく、政治においては献金や既得権益の絡み合った利害関係で成り立たせるべきではありません。

 

例えば、医学的な本来の日本・東洋的なあり方と言うのは、しっかりと免疫機能を養う中でのウイルスとの共存(絶滅させることなど不可能です)を目指し、その調和的なバランスの中で健康的な日常を現実化して行くものでした。


私は繰り返し社会システムの崩壊とそれに対する備えを訴え続けていますが、それは単純に「これまでの分離・競争的な社会のあり方」が、その時間的経過の先で「いよいよ結末的な崩壊の段階に踏み込み始めて来た」と言う事なのです。これは、ごく自然な流れの中で始まった必然的な結末になります。

 

水が高い所から低い所へ流れて行くように、競争・争いは破滅へと辿り着く事が当然の結末なのです。そうした現実の中から価値観を「調和的なあり方」へと切り替えた人達だけが、新しい流れを育てながらこの古い流れを離脱して行く事になります。

 

物事の本質は単純です。この単純な現実に、早く気付いた方が良いように思うのですが・・・。