よーんの歴史、終わる
よーん昔から使ってるコップがあるんです。
とっても長持ちしてるので大事に使ってたんです。
買った当初から毎日お茶飲むのに。
あれを買ったのは、確か小学校低学年だったかと思います。
よーん母とよーんで近所にあった今は亡き雑貨(?)屋さんに歩いて行って、
選んで買ってもらったんです。
それから毎日毎日ずーっとそのコップがよーんのメインコップでした。
ですが。。。
さらに下に置いてあった土鍋にぶつかって
無残に割れてしまったそうです。
もともとあったヒビからどうやら割れた感じです。
よーん母はよーんがコレを大事にしていたのを知っているので、
メールで知らせてきました。謝罪と反省していることを。
よーんはその瞬間がーーーーーんってなって
怒るとかそういうよりも信じられないというか、
とても悲しくなりました。
あのコップは長年連れ添ったパートナーみたいなもので、
あれとともに記憶や思い出
よーんの歴史が詰まっているんです。
それが割れてしまって、
今後その記憶や思い出がなくなり、
さらに今後の記憶や思い出といった歴史を
ともにできないと思ったら
とっても悲しくなったんです。
思わず会社でしたが、泣いてしまいました。
でも形ある物はいずれその形を崩す。
壊れてしまうものってわかってます。
だけど、ほんとうに寂しいというか悲しい思いがしたんです。
けれど割れてしまった事はどうしようもないし、
たとえつなげれたとしてもこんなに割れてしまったものを
たぶんよーんは使う気にはなれないでしょう。
もう仕方がないんです。
割ってしまったよーん母を責めることもできない
というか別にしたいとも思わないし。
誰も怪我が無くてよかったんです。
このコップの代わりは
コップ持ちの称号を持つよーんのコレクションの中にもありません。
物欲の塊よーんはしばらく寂しい思いをすると思います。
しかしまた新しいコップを買えばいいし、買えるって事だと思いたいです。
私の記憶、思い出、歴史よ
みんなに自慢できる存在だったよ。
今まで長い間ありがとう。


