浦安の介護施設で拘束を虐待と認定されたと報道されました。
施設側は拘束の認識はなく、
拘束に関して家族の了解を得ていれば問題はないとしている。
拘束することは賛成ということではないが、
入所者がどういう状態であっても拘束はダメというと
暴れる人とかは入所できる施設はなくなる。
施設側が入所を拒否するのだろう。
施設側は手のかからない人を入所させたい。
その方が“管理・監視”しやすいからである。
予算の官営で少人数での運営していくには
そういう方向でいくしかないということである。
家族としても施設から「拘束しないと面倒が見られない」と言われれば、
了解しないわけにはいかない。
了解しないと施設から追い出されるのは目に見えている。
施設側の言う“家族の了解”にはそんな裏があると思われる。
拘束だけでなく、家の状況や入所者について
施設側はある程度“選別”しているのである。
介護保険ができてから“措置から契約”になったのだから
当たり前といえば当たり前ともいえる。
施設としての“防禦反応”ともいえるかもしれない。
もしこのことを当たり前とするなら、
社会の一員としての“対応”ができていない介護施設や病院の対応はわがままとしか見えない。
“当たり前の対応”とは、例えば施設内で廊下で会ったときに挨拶をするとか、
時間を守る、契約を守る、連絡をする、非が施設側にあってもあからさまに開き直る、
「利用者はあなただけではない」などと平気で言うなどである。
介護関係や病院関係の人と接している現在、できている人はいない。
要は“利用者=お客様”であるという認識のない人ばかりである。
そういう認識のない施設が“選別”をするのはやはりわがままであると思う。
さらに“選別”されて施設を利用できない人はどこに行けばいいのかということを
行政はもっと考えなければならないと思う。