
18年前1990年の同日、Berlinでは壁崩壊の日。
その当時、東Berlinに滞在していた数少ない日本人の一人として証言デス。
その年の夏ごろからポーランドを経由しての亡命が数多く報告されるようになり、
有能な技能を持った人たち(医師など)が西側諸国に亡命していった。
ちょうど見てもらっていた婦人科の医師もある日突然いなくなった。
そのいなくなった医師のもとで卵巣脳腫の術後、退院して間もない頃、
子供たちを西ベルリンの日本語補習校(全日制日本人学校がなかったため週1日)
へ送っていくときに東西ベルリン国境を通る際、あれほど厳しかった
検問所のドアが開放されたままになっていて、警備兵の姿も見当たらない。
急いでいたのでそのまま車で通過。
帰りの検問所も異様なほど静か。
夜中、テレビをつけてビックリ。
なんとベルリンの壁が開いたと。
その年の正月、ホーネッカー共産党議長が
Mauer dauert noch hundert Jahre (壁はあと百年健在だ!)
と言ったと各新聞に大きく報道されていたのに。
東ドイツに住み、傍観者としてのベルリンの壁崩壊、感慨深いもの色々と。
18年経った今もそこに住んでいたものにしかわからない様々な思いが頭の中を
よぎっている。
昨年、久々にベルリンの新しい顔を見たけれど、
また来月再会するベルリンがどう変わっているか楽しみ。