一昨日のブログネタを考えていたときに、


ふと小学生の頃の夏休みの事を思い出したので、


忘れないように記事にしたいと思います。



小学生の頃の僕は毎年、夏がくると、


母に連れられて愛媛の山奥にある祖父母の家に連行されていました。


そこで夏休みの大半を過ごすハメになるのが憂鬱でした。


なぜなら、あまり活発でない子供にとって、


田舎の夏ほど退屈が永遠につづく時間はないからです。


僕は、たいして興味のない高校野球を小さなテレビで観戦したり、


裏の山から響いてくるセミの合唱を子守唄に昼寝をしたり、


昼過ぎに食べたスイカのタネを二階の窓から飛ばしてみたり、


気まぐれに山道を散歩してヘビに出くわして逃げ帰ってきたりと、


祖母も呆れる程の、引きこもりの夏を過ごしておりました。



そんな退屈な夏に、少しの変化が訪れたのは小学校5年の夏休みでした。


その日も僕は母と一緒に縁側に座り、


1時間に1台ぐらいしか車の通らない道をスイカを食べながら、眺めていました。


すると母親らしき女性の前をキリキリと元気に歩いている、


真っ黒に日焼けした、


髪の短い細身で小柄な女の子が目の前を通り過ぎました。


彼女は僕のことを一瞬だけ見つめたような気がしましたが、


それは気のせいだったかもしれません。


「・・・誰??」


僕が母に尋ねると、


「何を言いよるが、あれお隣のかすみちゃん(仮名)やろ。


なんで覚えよらんの??」


と言いました。


母のその言葉で思い出しましたが、


隣の家には僕と同い年の女の子が住んでいたのです。


夏休みにしかここにやって来ないとはいえ、


隣に住んでいて、


自分と同い年にも関わらずその少女の事をろくに知らないとは、


我ながら情けない程の無関心ぶりなのですが、


当時は特にそんな風にも考えませんでした。



それから母からいくつか教えられました。


・かすみちゃんは毎日のように泳いでいるので水泳が得意である。


・算数はそれほど得意ではない。、


・妹の面倒をよく見る、しっかりものである。


覚えたいわけでもないのに覚えてしまいました。



その後、夏休みが終わりに近づいて祖父母の家から帰るまでの間に数回、


二階の窓から、遠くから歩いてくるかすみちゃんの姿を見ました。


水泳道具を入れる赤い巾着袋みたいなものを肩にぶらさげて、


テクテクと歩いている姿は、元気な男の子みたいで眩しく見えました。


彼女が歩くその傍には、たくさんのひまわりが咲いていました。


そしてそれが僕が見た彼女の最後の姿でした。



翌年、小学校最後の夏休みも、


僕は東京からひとり飛行機に乗って愛媛にやってきて、


田舎の夏地獄を過ごしていました。



窓からはもう、かすみちゃんの姿は見えませんでした。


彼女の小さなカラダはがん細胞に蝕まれ、


発見された時にはとっくに手遅れで、


最期は激痛に苦しみながら天国へと旅立ってしまったとの事でした。


あの小さな身体でさぞ苦しかっただろうな。


そんな事を考えつつ見る窓からの景色は、


以前には見られなかった、かすみちゃんの家族の住む家です。


かすみちゃんの家は子供心にも貧しいんだろうなぁ、


と思える程の小さな小屋のようなものでしたが、


見ちがえるほど立派な家が、そこには建っていました。


なんでも生命保険がたくさん下りたとの事で、改築したそうです。


「あの子が死んでくれて助かった」


とかすみちゃんの母親は言った、と伝え聞いた時は怒りを覚えましたが、


今となっては当時は本当に生活も苦しかったんだろう、と思い同情もしますが、


「でもそんな事は言うもんじゃないだろう」という気持ちがあります。



それから随分と年を経た、つい数年前の夏の夜、


僕はとある夢を見ました。


あたり一面に咲き誇る大輪のひまわりに囲まれた、


片田舎のひなびた無人駅。


そのホームに立ち尽くしていた少女は、


間違いなくかすみちゃんでした。


僕が最後に見たあの日から、数年分だけ成長した彼女は、


実際に袖を通すことの無かった夏の制服を身にまとって、


はにかんだ笑顔で、僕に何かを語りかけて来ました。


僕はかすみちゃんが何を伝えようとしているのか、


必死になって聞き取ろうとしましたが、どうしても聞こえません。


彼女に近づいて声を聞こうとしても、自分の身体が動きません。


やがて彼女は話を終えて、満足そうに口を閉じました。


そして泣いているような、笑っているのかわからないようなわからない、


不思議な顔をしましたが、それは決して悲しい顔には見えなかったので、


きっと今彼女は幸せなんだろうな、と思いました。



あの時、彼女は僕に何を伝えたかったのでしょうか?


それとも、僕が彼女の声を聞きたかっただけなのでしょうか?



夏の暑い日には、時々彼女の笑顔を思い出してしまいますが、


彼女はいつまでも少女のままなので、


少しズルいなぁ、と思います。