えっと、napoです。

ネットでも閲覧できる番組で、青山繁晴氏が面白いことを言われていました。

この番組内でコメンティーターへ質問が来ます。
質問内容が、”やっておけば良かった習い事はありますか”でした。

この答えが面白い。

「ないです!」

そしてこうも答えられました。

「僕は(人生を)後悔していませんから」

でもそれは確かにそうかもしれません。
もしかしたら、あれが出来たかもとかこういうことがしたかったとか考えたとしても、よくよく考えると多分その時はそんなこと考えられなかったし余裕もなかったと思います。

青山さんの回答に戻ると、たとえ話を聞かされ、

「アラビア語を勉強してみたかった」

とのこと。

その後の言葉が、「時間は限られた量が缶詰に入っている。友達と話すなどの時間を減らせば勉強できたかも知れないけれど、その時間は大事」とのこと。
そして、限られた時間だから有意義に使わなければいけないと言うかも知れないがそうではない、と。

そうなのだ。

有意義って何?ムダって何?

その基準を決めるのは誰なんだろう、何なのだろう。

例えば東北に住んでいる方が、あるとき香川のちょーおいしいうどんを食べました。
また食べたいと思い、”時間をかけてわざわざ香川県においしいうどんを食べに行く”ことはムダなのだろうか?
例えばそれば好きなサッカーチームだったり、地元でしか演奏しないバンドだったり、それでもその人にとっては”有意義”でしょう。

自分のしたいことに、納得していることに時間を使えば、そしてそのときの自分の気持ちを忘れなければ、きっと人生の後悔なんてしないし、そして”時間の缶詰”は最高に”おいしい”ものに出来そうです。