本日は検診に行って参りました。
いつも、緊張してしまいます。
結果を聞くまで先生と目をあわせられない。
とりあえず「異常なし」でした。ホッ
採血でさえ、痛いし、怖い。
なのに私って ………
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あるところに、
3、4歳になる可愛いあどけない子がいました。
この子は何も悪い事をしていません。
なのに、家族から離され、知らない人たちに預けられました。
まだ、世の中の事を何も分かってません。もちろん。小さいのですから。
不安で不安で仕方ないのに、誰も助けに来てくれません。
「わたし、わるいことしたの?わるいこなの?
」
イタいよぉ、コワいよぉと泣き叫んでも、誰も助けてくれませんでした。
痛いまま、怖いまま、悲しい気持ちでいっぱいのまま、その子は殺されました。
**********************私にとって、動物実験ってこういうイメージ
苦しみから開放されるのは、殺される時
そんな事が、この国では常に行われている。
それを知ったのに、医療を受けている。
要介護の親がいるから
世話を必要としている猫がいるから
言い訳なのかもしれない。
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この悲劇にあうか、あわないか
その線引きは
2足歩行であること
しっぽがないこと
等
私は、簡単に薬を
飲まなくなりました。
もちろん、それだけでは、とても償いきれない。
矛盾でいっぱいです。
でも、「感謝すればいいんだよ」というのは?
犠牲になった子たちは「どういたしまして」なんて思ってない。
そうです。
動物たちは、何故なのか?分からずにこの世を去っていったでしょう。
なので、誰を恨んで良いのか?もうそんな事は超えたところにいるかもしれません。
彼らの犠牲の上に生き残った私の個人的な葛藤なのかもしれない。
薬を飲んだのなら、肉食をしたのなら、
もう自分だけの人生ではないような気がします。
今日は、病院敷地内にある実験動物慰霊塔にお参りして来ました。
場所を受付で尋ねて、調べるのに時間かかったけど。
で、知られていないんだなぁ~、と思ったけど、
受付のお姉さん「分かりましたよ\(^_^)/」と、とても嬉しそうに教えてくれました。
お花、枯れてましたけど、誰かお供えしてるんですね。お水もありました。
私もガーベラとスターチスをお供えさせてもらいました。
合掌。
近くに、鳥居、祠もありました。
古びた説明書が貼ってありました。
それによると、
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1852年 自然湧水の池を中央線の敷設のため埋める。
大正11年ころから、医学部に長のつく人が、次々死んだり、夢枕に神獣が現れ何事か訴えるなどが度重なり、占い師に相談。
池の辺りの松の付近を掘り起こしたところ、祠に水盤に神獣台が出現。
社を建て寄進。
大正12年の震災も免れたが、第二次大戦で焼失。その後復旧されたものです。
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ざっと、こんなもののようです。
1852年に中央線、は変ですね(^^;
写し間違えかも。
神獣とは、御狐様 のことのようです。
色々と人間が種を蒔いた禍が多いのですから、人間が刈り取るべきなのは分かるのですが。
神頼みしたくなる。
もし、あなたが王様だとしたら、ここまで動物を犠牲にすることを許しましたか?
その裏で経済的理由が隠されているとしても?
ずっと葛藤を抱えて生きていくんだな。
まだ、誰にも矛盾していると言われてないけど、
自分が一番自分に言っているのだけど。
だからこそ、動物たちのことに少しでも関わっていきたいと思うのです。
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トホホ)
たちも誰もカットしてないし……ね?
」





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