ΦΦΦフランスの有名な中世史学者ジョルジュ・ドュビイは、技術水準の低い時代、とくに中世では、一握りの上層階級は別として、一般庶民が肉類を口に出きるのは、祭日その他の特定の時だけで、普段は雑穀の混ざったパンが中心だったとする。
その理由として、人間用の穀物さえ不足がちなのに、とても大量の家畜を養う余裕がなかったことをあげている。



ΦΦΦ14世紀後半に書かれた ラングランドの『農夫ピアズ』
「ビアズが言うには、
金がなくて鷄は買えません。
ガチョウも豚も買えません。
買えるものは、新しいチーズ2つ凝乳とクリームを少しとオウト・ケイク一つ、
それから子供のための豆製のパン。」



ΦΦΦ9世紀の初めのサン・ジェルマン・デ・プレ修道院領の荘園農民について。
一千戸を超す荘園農民の間で、毎年領主から要求されたのは、鷄と卵の提供である。
その他、農夫によっては毎年、あるいは隔年、三年毎に牛、豚、羊などを徴発されることもあった。
穀物を納付しなければならないのは例外的な場合だけどある。






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日本の年貢はお米でしたが
ところ変わればですね