われわれの母なる自然に、有害な大気汚染を一掃する力を持つ“洗浄剤”が隠されているのかもしれない。ヒドロキシラジカルという分子は、有害な微量ガスを自然分解するときに“悪玉”のオゾンも生成するが、今回このオゾン排出が少ないケースが報告された。この浄化作用を行っている謎めいた物質の存在が、数十年間唱えられてきた大気の自浄作用に関する仮説を揺るがせている。

大気中の汚染物質はいろいろな経路で分解されるが、重要な役割を果たす物質にヒドロキシ(OH)ラジカル(水酸ラジカル)という分子が知られている。いわゆる活性酸素の一種で、大気の最下層に存在する微量ガス(希ガス)を自然分解するが、その際に生じる“悪玉”オゾンガスが問題視されてきた。成層圏のオゾン層は有害な紫外線を遮断してくれるが、それより下層のオゾンは温室効果ガスの一種であり、人間に有毒な大気汚染物質でもあるためだ。

この長年の仮説を覆す現象が、重度の汚染地域である中国の珠江デルタ地帯で報告され、専門家たちを戸惑わせている。この場所では、ヒドロキシラジカルが大量に検出されるにもかかわらず、オゾンの発生は比較的少量だったことが確認された。

「この分野の研究は長年にわたって続けられてきたのに、いまになってこれほど想定外の状況が見つかるとはまったく驚いた」と、今回の事例の共同研究者で、ドイツのユーリッヒ研究センター地球圏化学・ダイナミクス研究所に所属するフランツ・ローラー氏は語る。

高反応性のヒドロキシラジカルは、大気中に自然に存在する水蒸気や一酸化窒素と酸化・還元反応を繰り返すことで再循環している。「その天然の自浄メカニズムの中で微量の汚染物質が分解される」と同氏は説明するが、一酸化窒素によるヒドロキシラジカル再循環の際には有毒なオゾンも発生してしまう。

しかし、中国広東省の広州から北西60キロに位置する珠江デルタ地帯は、同氏らの研究チームが測定した中では最も高濃度のヒドロキシラジカルが検出された場所だったが、それにしては大気中に含まれているオゾン量が少なかったのである。

この結果から、ヒドロキシラジカルの再循環には、一酸化窒素を伴わない別の経路があるのではないかと推測される。「一酸化窒素を伴わない循環経路はあまりに予想外だったので、従来の技術では適切な測定手段がなかったとも考えられる」とローラー氏は話す。

同氏の同僚で研究を率いたアンドレアス・ホフツマハウス(Andreas Hofzumahaus)氏は、中国で採取した大気サンプルを研究施設のシミュレーション室内で分析する予定だという。

前出のローラー氏もこの分析には期待を寄せ、次のように述べている。「この謎が解ければ、地球の大気にプラスの効果を持つ物質がわかる。有害な汚染物質が素早く分解されつつ、オゾンも生成されないという一石二鳥の仕組みが明らかになる」。

一方、ハーバード大学大気化学モデリング研究室の博士課程修了研究員であるジンチウ・マオ(Jingqiu Mao)氏は、メール取材に対し次のように答えている。「珠江デルタの高濃度ヒドロキシラジカルについては別の説明も可能かもしれない。だが、この研究ではこれまで世界中で行われてきた実地調査で得られなかった結果が出ている。さらなる現地調査や研究施設での実験によってこの裏付けがとれれば、オゾン生成に関するわれわれの認識は大きく変わることになるだろう」。